第5話 虚数爆心地

「虚数空間?」


 12が首をかしげる。


「そう。さっき平方根の話をしたよな。でもあれは正の数でしか成り立たない。負の数が平方根を使うと、この世界のつじつまが合わなくなる。結果として――虚数が発生する」


「うむむ……シィの言ってること、さっぱり分からん!」


 12は頭を抱え、考えることを放棄した。


「じゃあ、もっと分かりやすく言うよ。ぼくがこれから会いに行こうとしていたキーマン、 つまり −1 が平方根を使うと――世界が大きく変わるんだ」


「なるほど! 分かりやすい! で、あの黒い渦が世界変革の兆しというわけだな!」


 12が納得したように笑顔でうなずく本当にわかっているのか、コイツ


「そう。……渦だけですめばいいけど。−1は無事なのかな」


 ぼくたちは黒い渦に近づき、慎重に周囲を伺った。

 ――そのとき、小さな影が駆けてくる。


「シィ! 12!」


 声をあげたのは小数の代表――0.1レーテンイチ だった。


「0.1! 無事だったか! どうせぼく抜きで平方根の実装を試していたんだろう? −1はどこだ!?」


 ぼくが0.1を抱き上げると、彼女は泣きじゃくりながら黒い渦を指した。


「−1は……あの渦の中に……」


 ぼくは0.1の頭を撫で、落ち着かせる。


「そうか。教えてくれてありがとう。このままじゃ虚数空間が数次空間を飲み込んでしまう。準備してないぼくたちは、新しい世界のただの座標プロットとして取り込まれかねない」


 数字は数字らしく新しい世界に再構築されるのも一つの結末――そんな諦めが少しよぎるが、それでは面白くない。何かいい手はないか――


 そのとき――


「貴様ら! 一体何をしている!」


 空から、高圧的な声が降ってきた。


「くそっ、素数の奴らか!? こんな時に!」


 12が苦々しくつぶやく。


 見上げると、一人の女性が空に浮かんでいた。頭上に光の輪、背中には鳥のような羽。その姿は、まるで――


「――あれが素数貴族? まるで天使だな」


 ぼくがつぶやくと、12が笑う。


「天使? あいつが? おれにはただの数字にしか見えんがな」


 12は天使に向かって叫ぶ。


「久しぶりだな、13! こんなところに何しに来た? ママのおつかいか?」


 なるほど、彼女は13らしい。12と近い数字だから、顔見知りなのだろう。


「そうわめくな12。この規模の爆発があったら、調査しないわけにはいかないだろう。こっちも早く報告書をまとめて帰りたいんだ。――で……、これは何だ? この黒い渦は?」


 13は不快感を隠さずに、黒い渦を見る。


「――虚数空間。新しい世界の始まりさ。まぁ、この世界の終わりでもあるんだがな」


 ぼくもふたりの会話に加わる。


「誰だお前?」


 怪訝そうに13が問う。


「ぼくはシィ。12に呼ばれてこの世界に来た<人間>だよ」


「人間だと――!? 12、貴様――」


 13は驚き、すぐに地面へ降り立つと12の胸ぐらをつかむ。


「分かるだろ? 平民が貴族に対抗するには、こうするしかなかったのさ」


 12は苦笑しながら、13に説明言い訳する。


「半端ものと手を組んだのも、その人間の入れ知恵か」


 13が0.1を一瞥し、ため息をつく。そして12を掴む手をゆるめた。


「そういうこと。でもな、この状況はおれたちにも想定外。お前と同じで、何が起きたか慌てて見にきたんだ」


「なるほど。その割にはそこの人間は、随分状況を理解してるようだが?」


 13がぼくを見る。


「あぁ。きみたちが平方根を使い出した時点で、こうなることは時間の問題だったからね」


 13の目が鋭くなった。


「――貴様、私たちがこの事態を引き起こしたと言うつもりか?」


 彼女は12の胸ぐらを離し、代わりにぼくへ詰め寄る。


「まあ落ち着けよ。これはもう誰が悪いとか、そういう話じゃない。このまま放置すれば――おれたち全員、この数次空間ごと虚数空間に飲み込まれるぞ」


 全員の視線が黒い渦へ注がれる。その渦は、ゆっくり、だけれど確実に広がっていた。

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