第7話 弁論

 裁判所の巨大な扉の前で、俺の足は止まった。

 

 ——進めない。


 胸が締め付けられ、呼吸が浅くなる。

 モンスターと向き合った時とは違う種類の恐怖だった。


 (ここには……死体がほとんどない。

 つまり、“死者召喚”は使えない。

 俺はここじゃ ただのC級 だ……)


 逃げられない。

 そして何より——


 “社会的信用を失う恐怖” が、俺の足を重く引きずっていた。

 

 その時、フィンクスの声が響いた。

 

 「あまり恐怖するな、ミヒド。

 メガアイスを使える魔法使いの魂も、

 閃光斬りを使えるガイコツも——

 いつでも召喚できるぞ」


 (……は?

 なんで……今、言うんだよ……)


 フィンクスはくつくつと笑った。


 「死体操作はな、“その魂を一度でも自力で定着させた場合のみ”、

 遠く離れていても命令が届く。

 命じればどこにいようと従う。

 現地でなくともな」


 (……つまり……!

 ワロイドン戦で俺が操った魂は、今も……?)


 「ただし……『来い』と言ったところで、何時間かかるか分からん。

 ポータルが閉じている可能性すらある。

 だから言っただろう?

 ——“自分の力で何とかしろ”」


 フィンクスの声は冷たく、それでいて期待に満ちていた。


 「期待しているぞ、ミヒド」


 (……恐怖してる場合じゃない。

 こいつが味方かどうかも、まだわからないんだ……)


 俺は、震える足を前に出した。


 ■ 裁判所の中


 「……なんだここは」


 石造りの壁に、重い空気。

 裁判官席には誰も座っていない。

 椅子も机も揃っているのに、そこにいるべき人間がいない。


 フィンクスが小さく吐き捨てた。

 

 「カスだな。

 検事も弁護士もいないのか」


 「……ケンジ? ベンゴシ?

  なんだそれ……」


 「そんなことより話を聞け」

 

 言われた通り前を向くと——

 紅蓮のメンバーが列をなして立っていた。


 ペンシルが前に出て、裁判官に訴える。

 

 「俺はこいつ——ミヒドに声をかけられ、突然攻撃されました。

 合意すらしていないのに」


 他のメンバーも納得したように頷く。

 フィンも、セルメロも、レインも。


 俺を裏切った時と同じ、冷たい表情で。

 

 (またかよ……!)


 ペンシルが続ける。


 「動機は……」


 だがその瞬間、別の声が割って入った。


 「事前調査で知っています。

 パーティー追放の恨みでしょう?」


 視線を向けると、法服をまとった男が立っていた。


 世界最高の頭脳保持者——ベルセルだ。


 「ミヒドさん、弁明を」


 俺は深呼吸し、腹の底から声を出した。


 「こいつらは不当に俺を追放した。

 これはギルドの掟——第八条“不当な追放は禁止”に違反している。

 そして俺は攻撃前に確認も取っている。

 結果として俺はペンシルに一撃も入れられなかった。

 逆にペンシルは俺に何発も攻撃を加えた!」


 ベルセルは静かに頷きながら聞いていた。


 だが次の瞬間、冷淡な口調で告げた。


 「まず、ミヒドさん。

 あなたが言ったギルドの掟、第八条——

 不当な追放には当たりません。」


 (……は?)


 ベルセルは淡々と続けた。

 

 「理由は“ポータルの人数制限”。

 これは冒険者の生存率に直結します。

 あなたよりレインさんを選んだほうが、パーティー全体の生存率は大幅に上がる。

 よって——追放は“不当”ではありません。」


 胸が凍りついた。


 ベルセルはさらに続ける。


 「次に、ペンシルさんを攻撃した件ですが……

 あなた程度ではペンシルさんに勝てません。

 なのにも関わらず、ペンシルさんが裁判を起こした理由——」


 視線が俺へ突き刺さる。

 

 「……“ギフト”です。」


 空気が揺れた。


「もしあなたがギフトを持っていなかったなら、

 ペンシルさんは裁判などせず、武力で報復していたでしょう。

 しかしギフトを得たあなたは、

 “本当にペンシルさんを傷つける可能性”を持った。

 よって裁判の必要性が発生しています。」


 ベルセルの結論は冷酷だった。


 「ゆえに——

 あなたが犯行を行う能力は十分にある。

 これが我々の判断です。」


 裁判所が静まり返る。


 紅蓮は勝ち誇ったようにこちらを見下ろし、

 フィンでさえ視線を逸らすことなく、ただ冷たい目で俺を見ていた。


 (……全部……潰しにきてる……)


 フィンクスの声が低く響く。

 

 「さて、どうするミヒド?

 このまま屈するのか?

 それとも——世界を敵に回してでも抗うか?」


 俺の喉が、ゆっくりと鳴った。

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