空を泳ぐ鯨

Remi

空を泳ぐ鯨

 空から、水が落ちる。



 それは雨と呼ばれ、大地を湿らす。



 その現象は、天からの恵みとも呼ばれる。



 そんなとある雨の日。

 山間部にある和風建築の家の縁側で、1人の老人が雨空を見上げていた。


 そこに。


「おじーちゃん!

 なにみてるの?」


 そんな愛らしい声と共に、小さな女の子が駆け寄って来た。


「じーちゃんな、鯨を探してるんだ」

「くじらさん?」 


 兎のぬいぐるみを抱いたまま、首を傾げる女の子。

 そんな女の子に、老人は自分の隣の床を叩いて「おいで」と声をかける。


 すると女の子は、素直に老人の横に座った。

 同時に「きょうは、くもみえないよ?」と呟く女の子。


 どうやらこの子は、雨雲も雲の1つだということをわかっていないようだ。


 そんな女の子に、老人は「いやいや」と呟きながら首を振る。


「鯨さんの形をした雲じゃあない。

 本物の鯨さんを探してるんだ」

「……くじらさんはうみにいるんだよ?」


 そう言いながら、また首を傾げる女の子。

 そんな姿を見た後、老人は雨空へと視線を移した。


「じーちゃんも、あの鯨を見るまでは同じように考えていた。

 でもな、あの雨の日。

 雨雲が無くなったほんの少しの隙間。

 そこにな、大きな大きな鯨の顎が見えた。


 でも鯨はな、見られてることに気が付いてないかのように泳いでいた。

 そうして見てる間に雲の形が変わって、見えなくなってしまったんだ」

「……みうちゃんよりもおおきい?」

「もちろん。本当にあの大きさなら……。

 家も一口で……ぱくっ!っていけるなぁ」


 その言葉と共に、手で作った口を女の子に向けて閉じる老人。

 女の子は「きゃ~!」と声を上げる。


 そんな手遊びをした後、女の子は落ち着いてから座りなおす。

 そして「だけどそんなくじらさん、いるの?」と再び首を傾げた。


「わからん。写真なんて撮ってないからなぁ。

 だが、と言い切る根拠も、ない。

 もしかしたら、わしらが見えないだけでこの雲の上にいるかもしれん」

「ほんとう?」


 そう呟きながら、女の子は雨空を見上げる。

 続いて老人も雨空を見上げ、「わからん」と呟く。


「……みうちゃんも、みれる?」

「どうだろうなぁ。

 みうちゃんが良い子にしていて、じーちゃんの年まで生きれば、もしかしたら見れるかもなぁ」

「じゃあ、みうちゃんいいこにする!」

「好き嫌いもできるだけせず、ちゃんと食べるんだぞ?」

「が、がんばるます」


 見つめ合い、そんな話を交わす祖父と孫。

 その後、再び雨空を見上げる2人。


 すると。


「あ、にじさん!」


 小さくなり始めた雨音をかき消して、そんな可愛らしい声が響いた。



 女の子が指さす先。



 それは縁側の正面に見える遠くの山。



 そこに、虹がかかっていた。


「おぉ、ほんとじゃな」

「ままよんでくる!」


 その言葉の後、立ち上がる女の子。

 そして「まま~!」と叫びながら、ぬいぐるみを連れて廊下を走っていった。



 縁側には、虹を見つめる老人だけが残った。


「……あの鯨は見れんくても、虹は綺麗じゃなぁ」


 老人は静かに、小さくそう呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空を泳ぐ鯨 Remi @remi12

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画