推し活殺人事件⑫
◆第12章 「すれ違う声」
街外れの安アパートの階段に、
空はひとりでうずくまっていた。
昨日からほとんど眠っていない。
食べていない。
水もほとんど飲んでいない。
それでも“空くんはどこ?”という通知だけは止まらず、
スマホの明かりを見るのが怖かった。
(どうしたらいいんだ……
どこへ行けばいいんだ……
戻れない……)
足を動かそうとするが、身体が固まっていた。
まるで“天城 空”という人格のまま動くのが怖いように。
(逃げたんじゃない。
ただ、立てないだけだ。
立ったら、全部押し潰される。)
自分の心の言い訳すら苦しい。
空は膝に顔を埋めながら静かに思った。
(航……絶対心配してるよな。
悠真は泣いてるかもしれない。
奏多も、理一も……)
胸がキュッと痛む。
(ごめん……ごめん……
こんな俺で……
こんな俺がセンターで……
みんなを困らせて……
本当に……ごめん……)
けれど、涙は落ちない。
泣けば楽になるのかもしれないのに、
泣く力すら残っていなかった。
(戻りたい。
けど……もう戻れない。
戻ったら“四人の前の俺”に戻らなきゃいけない。
そんなの、もう無理なんだよ……)
同じ頃、EVEの4人は
ほぼ寝ずに“空を知る街”を巡り続けていた。
◆航
「空……返事してくれよ……
なんでだよ……なんで言ってくれなかったんだよ……」
昨日の会話が脳内で繰り返される。
“俺は大丈夫だから”と笑った空の顔が、
嘘だったと気づいてしまったから。
(お前を守るって言ったのに……
俺は何してたんだ……)
◆悠真
「空くん……空くん……空くん……」
呼びながら走る。
声が枯れても止まらない。
(僕がもっとそばにいたら……
笑わせられたら……
気づけたら……
こんなことにならなかったのに……)
◆理一
無言。
表情は平静だが、
胸の奥は恐怖で張り裂けそうだった。
(空が自分から連絡を絶つなんて……
あいつの性格上、ありえない。)
(これは……本当に危険だ。)
冷静さだけが、崩れない唯一の壁だった。
◆奏多
「空……ひとりで抱えたんだな……」
優しい声で呟きながら、
街の人に何度も写真を見せて聞いて回る。
(俺たちが気づけなかったから……
あいつ、逃げるしかなかったんだよな……
……空、戻ってきてくれ。)
空は自分の存在を薄めるように、
身を丸めていた。
(みんな……どこかで探してるんだろうな……
わかってる……わかってるのに……
ごめん……)
胸が苦しい。
背中が寒い。
(本当は、行きたいんだよ。
みんなのところに。
でも……帰った瞬間、
また“天城 空”にならなきゃいけない。)
その役割に戻る想像をしただけで、
呼吸が止まりそうになった。
(俺は……もう、あの場所に立てない。)
夕方になっても空は見つからない。
事務所は表向き平静を装い、
裏でさらに警察OBの捜査網を広げていた。
だが、決定的な手がかりはなかった。
航が、唇を噛みながら呟いた。
「……空。
俺たちのこと嫌いになったわけじゃないよな……?」
誰も答えられなかった。
夜。
街灯の下で、空はぼんやりと空を見上げていた。
(メンバー……泣いてるかな……
怒ってるかな……
困ってるよな……
俺が……全部悪いんだよな……)
自分が悪い。
弱い自分が悪い。
強くいられない自分が悪い。
逃げた自分が悪い。
ゆっくりと、静かに、
空の自責は深く沈んでいく。
(戻らなきゃいけないのに……
戻れないんだ。)
メンバーは願っていた。
「空、戻ってきてくれ。
俺たちはお前を責めない。
どうでもよくなんてない。
ただお前に生きていてほしい。」
しかし空は——
「ごめん……ごめん……
俺はもう、戻れない。」
その両方の声は、
すれ違ったままだった。
本当なら、
あと数センチで届く距離なのに。
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