推し活殺人事件⑪

◆第11章 「空を知らない朝」




生放送を飛んだ翌朝。

メンバーのグループLINEは、

未読の“空”で沈黙していた。


・航:10件

・悠真:20件以上

・理一:短く何度も

・奏多:長文を送るが既読なし


誰のメッセージにも返事はない。

電話にも出ない。


これまでの空なら考えられない行動だった。


航は震える声で言った。


「……これは、ただの“休みたい”じゃない。」



午前9時。

EVEのメンバーは事務所の会議室に呼び出された。


幹部・マネージャー・広報が並び、

ただならぬ空気が漂っていた。


「天城 空と、24時間連絡が取れていません。」

「ホテルにも帰っていない。財布も部屋にある。」


その瞬間、

部屋の温度が5度下がった気がした。


悠真が泣きながら言う。


「じゃあ……空くん、どこにいるの……?」



本来なら失踪者として警察に届けるべき状況だった。

だが、事務所の幹部は歯切れが悪い。


「……まだ警察には正式に届けていない。」

「社会的影響が大きすぎる。」

「EVEのイメージダウンにもつながる。」


航が椅子を蹴り立ち上がった。


「そんなことどうでもいいだろ!!

空がいなくなってるんだぞ!!」


幹部は顔を歪めた。


「わかっている。しかし生放送欠席の件で

“空を追い詰めたのは誰だ”という騒動が起きている。

今、失踪と発表すれば炎上どころでは済まない。」


現実の残酷さが、メンバーを黙らせた。



その代わり、

事務所は裏で“ある人物”に連絡していた。


警察OBの協力者。


彼らはこう依頼する。


「表に出さずに、天城 空を探してほしい」

「メディアに情報が漏れないように」

「ファンにもネットにも絶対気づかれないように」


警察OBは裏口のように警察内部へ連絡し、

空の携帯の発信記録や移動履歴を

“非公式に”確認しはじめる。



結果は最悪だった。


・GPSは電池切れ

・最後の位置情報は市内の繁華街の“雑居ビル前”

・ビルに防犯カメラはほぼ無し

・電車利用の記録も無し

・タクシー履歴も無し


まるで空は

街に溶けて消えたように行方が追えなかった。


奏多は呟く。


「……逃げるつもりじゃなかったはずだよ。

何かから“隠れた”んだ。」


それが何かは、誰も言えなかった。



4人は街へ散って走り回った。


・空がよく行く公園

・昔行ったラーメン屋

・お気に入りの夜景スポット

・デビュー前に通っていた古いスタジオ

・行きつけの古本屋


どこにもいない。


悠真は何度も同じ道を走り、

泣きながら空の名前を呼んだ。


理一は地図を片手に、

論理的に可能性を探し潰していくが、

情報はゼロ。


奏多は空の癖から

「一人になれる場所」を探すが、

それも外れる。


そして航は、

昨日の会話を何度も思い出していた。


(空……どこでひとりになってるんだよ……)



その日の夕方、事務所は公式SNSを更新した。


《天城 空は体調不良のため、しばらく活動を休止いたします》


メンバーはその文章を見て

沈黙するしかなかった。


悠真は叫びたかった。


「違う!!

空くんはいないの!!

どこにもいないの!!」


でも言えない。


言えば空はさらに追い詰められる。

ファンも暴徒化する。

事務所も潰れる。


だから黙るしかなかった。



空の失踪を知らないファンは、

公式の“体調不良”を完全に嘘だと思っていた。


《絶対なにかある》

《隠蔽しようとしてる》

《EVEのメンバーが怪しい》

《事務所終わってる》


デマと噂が増殖し、

ネットは昨日以上の地獄へ。


しかしその裏で、

メンバーは静かに傷ついていた。


空を救えなかったこと。

空がいない現実。

そして、

真実を言えない自分たちの無力さに。



夜。

会議室で頭を抱えて座る4人。


静寂の中で航が呟いた。


「……もし空になにかあったら……

俺たち何をしてたんだろうな。」


その声は、

全員の心に深く刺さった。



空はどこにもいない。

連絡も返さない。

姿も見せない。


沈黙は、

誰よりもファンを狂わせ、

メンバーを絶望させ、

事務所を混乱させ、

マスコミをざわつかせた。


そして、

この沈黙があと数日続くことで——


“天城 空の死”と報じられる事件へ

ゆっくり、確実に進んでいく。

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