Side:カルム・アルビダ

5日目・森林③

***


 今の私は、かつてないほどの全能感に満たされている。

 あの【悪魔】――いいえ、【悪魔様】。あの方は、私の魂を根底から震わせるほどに、抗いがたい輝きを放っていた。


 いや、こんな生ぬるい言葉では足りない。

 ​私は、あの方に堕ちてしまった。

 死の淵から私を拾い上げ、意図的に追い詰めることで私の【能力】を極限まで研ぎ澄ませてくれた。

 何より、あの冷徹なまでの美しさ。あの方を想うだけで、私の胸は甘美な疼きに支配される。

 あの方は、私のことを「好みではない」と切り捨てた。

 ならば、あの方の瞳に私が映るまで、努力し、捧げるだけだ。

 プライドが高かった以前の私なら、努力を強要されることに激昂していただろう。

 けれど、今は違う。あの方のためなら、どんな屈辱も、耐え難い苦痛ですら、至上の歓びに昇華できる。

 だから、私は証明しなくてはならない。

 あの方が命じた龍王坂健の抹殺を、完遂することで。

「お前……! 前回は油断して遅れを取ったけれど、今の私は以前とは比べものにならないほど、強く、鋭くなっているんだよォッ!!」


​「……そうですか。奇遇ですね、俺も少し――いや、劇的に強くなったんですよ」


 ​龍王坂が静かに答える。

 違和感。なんだ、こいつの空気は?

 以前のような必死さが消えている。覚悟か、あるいは底知れぬ余裕か。師匠を眼前で屠られ、精神が崩壊でもしたというのか?

「……まあいいわ。どのみち、お前はここで消える運命なんだから!」

 叫びと同時に、私は【髪】をステンレス鋼へと変質させ、龍王坂を貫くべく操作する。

 奴の能力は【火炎放射】。ならば、熱伝導の低い材質に髪を最適化すればいい。さらに、私には切り札である【結界】がある。


​「……ステンレス鋼……?」


 ​龍王坂は最小限の動きで髪の刃を躱しながら、執拗に【火炎放射】を繰り返す。

 爆発的な一撃ではない。小刻みに、なめるように、周囲の空気ごと炎を撒き散らしていく。


 至る所に火種を置き、戦場を限定しようとしているのか。

 ​だが、解せない。

 私の【髪】が火を寄せ付けないことなど、百も承知のはずだ。


 だというのに、なぜ無駄な放射を続ける?        

 森を焼き、心中でもするつもりか?

 そんな自爆じみた真似をすれば、先に朽ちるのはお前の方だ。


 ​――待て。

 もし、こいつも私と同じように【進化】の段階に達していたとしたら?

 奴の放った言葉が、単なる強がりではなかったとしたら?


 ​……一応、詰めておくか。


 ​私はステンレス鋼へと化した【髪】を幾重にも編み込み、自身を全方位から包囲する「完全防御結界」を構築した。


 奴は結界の外、私は鋼の檻の中。

 これで形勢は完全に、私の支配下にある。

 ​結界の隙間から余剰の【髪】を触手のように放ち、盲目的に外敵を狙う。

 奴の正確な位置は見えないが、数打てばいずれ致命傷を与えられる。

 対して龍王坂は、この鋼の繭を破る術を持たない。


​「が、はっ……!」


 ​結界の外で、龍王坂の呻きが響いた。

 手応えがある。肉を、骨を、確実に貫いた感触。


 勝った。


 ​だが、油断は禁物だ。今すぐ結界を解けば、死に際の反撃を喰らう恐れがある。

まだだ。まだ解かない。

 私は、あの方に相応しい女へと成長したのだから。

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