5日目・森林②

***


​ 俺は立ち上がった。

 立ち上がってから、どれほどの時間が過ぎただろうか。

 一度は凍りついた足が、ようやく、重々しく一歩を踏み出す。


 ​師を失った。

 共に過ごしたのは、人生のほんの一片に過ぎない、あまりに短い時間だった。

 それなのに、俺の胸には、強引に心臓を抉り取られたような、底知れぬ空虚が広がっている。

 だが、俺は歩みを止めない。

 まだ、この森には排除すべき脅威が巣食っているからだ。


 カルム・アルビダ。

 あの女だけは、何としても俺の手で討ち果たさなくてはならない。


 ​あいつは自ら【悪魔】との接点を口にした。

 ならば、俺はカルムを、そしてその背後に潜む【悪魔】を、断じて許しはしない。


 ​【悪魔】は無数の世界線を渡り歩き、数多の命を屠ってきたという。

 そして今、その呪われた因縁は、俺の師の命までをも奪い去った。


 許さない。絶対に。


​「……場所は、分かっているんだ」

 眼窩に収まった【運命の眼】が、隠しようのない因縁の糸を捉えている。

 相手の位置は筒抜けだ。本来なら、俺に索敵能力はないと相手に誤認させておくのが定石だろう。

 だが――と、俺は思考を巡らせる。


 ​俺の内に宿る【火】の権能は、今や【火炎放射】と【蒼炎】の二つに分かたれている。


 掌から解き放たれる【火炎放射】は、現世の理に従う破壊の奔流だ。


 対して【蒼炎】は、対象を灰にするまで決して絶えることのない、執念の焔。

 この青い火は俺自身に纏わせることも可能で、その際、俺は熱という概念から守護される。あくまで俺の場合は、だが。

 制約はある。

 【蒼炎】は一度に一つの対象にしか発動できず、その使用中は【火炎放射】を封じられる。


 解除の条件は、俺自身の意志か、能力の切り替えか、あるいは俺の死か。

 他者への譲渡も可能だが、それには対象へ五秒以上の接触を要する……か。

 さらに、譲渡の場合は「物」には行えず、「者」どうしの譲渡が不可欠。

 【蒼炎】を発動したときは、まず俺が対象になっており、他者に使うためには、5秒以上、やはり触れなければならない。

 脳内に濁流のごとく流れ込む、己が能力の深淵。

 これは魂が【進化】を遂げた際、システムが強制的にアップデートした情報の断片なのだろう。


 何より重要なのは、この二つの焔に【概念上書き】の理が備わっていることだ。

 ならば、小細工は不要だ。

 【運命の眼】を全開にし、居場所を察知されたところで何の問題もない。


 要は、逃がさなければいい。それだけのことだ。

 【眼】が、森林の奥深くからゆらりと立ち昇る、おぞましいオーラを補足した。


 あそこか――!!

 俺は爆ぜるような速度で森を駆け抜ける。

この超越的なスピードも、尽きることのない体力も、すべてはあの日々のアドミラグさんの教えがあったからこそだ。


 あの人は、誰よりも効率的で残酷な、身体の運用術を知り尽くしていた。

 それは【不死】という呪いに抗い続けた彼にとって、血を吐くような研鑽の果ての産物だったのかもしれない。

 だが、俺はそれを呪いとは呼ばない。

 だって、俺は今、あなたの遺した呪いを、この手で確かな力に変えているんだから――!!

「……どうして、私の居場所がわかった?」

 森の影から、困惑を孕んだ声が響く。

「バレバレなんですよ、カルムさん」

 月光だけが微かに闇を切り裂く、深淵の森。

 俺とカルム・アルビダは、三度、運命の地で対峙した。

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