4日目・森林②

***


​ 俺は、龍王坂くんに語るべき自身の過去を、深く、静かに手繰り寄せていた。


 ​第一回遊戯が始まる前。

 俺には、愛する妻と娘がいた。絵に描いたような幸福が、そこには確かに存在していた。


 家へ帰れば、俺を呼ぶ温かな声があり、安らぎの灯火が揺れている。

 それだけでよかった。本来、人生にそれ以上の報酬など必要なかったはずなのだ。


 ​――だが、俺は愚かにも「夢」を見ていた。


 ​両親の命を奪った【悪魔】。いつか必ずその元凶へと辿り着き、引導を渡す。

 そんな英雄譚のような劇的な運命を、俺は心のどこかで信じて疑わなかった。

 だからこそ、俺は【遊戯】に身を投じた。

 その時すでに俺は三十を超え、肉体の全盛期はとうに過ぎ去っていた。周囲の参加者は、皆、俺よりずっと幼い少年少女ばかりだった。

 なぜ、子供たちが選ばれる過酷な【総則】の中で、俺のような大人が例外的に招かれたのか、その理由は今も分からない。

 ただ、未熟な少年少女たちは、必然的に「大人」である俺を精神的な支柱として頼ってきた。

 俺が初戦を勝ち抜くことができたのは、偏にそのおかげだった。

 彼らが俺の囮になったのだ。……「そんなつもりはなかった」と、今さら弁解するつもりはない。


 俺は、積み上げられた幼い屍の上に立って優勝し、その報酬として【運命の眼】を望んだ。

 無数の死を糧にしながら、俺は自分という個人の目的を最優先にしたのだ。

​ ムダミラからも想いを寄せられた。無論、俺には愛する家族がいたから断ったが。


 当時の俺は、消えていった仲間たちの顔を忘れ、まさしく人生の絶頂にいると錯覚していた。

​ 報いが訪れるのは、必然だったのかもしれない。


 第二回遊戯。俺は【完璧主義者】という二つ名を確固たるものにするため、再び戦場へと戻った。

 【遊戯】は順調に進み、俺たちは最終局面へと駒を進めた。


 ​最後の敵は、最悪の権能を持つ【あぶの大群】。いや、ハエと呼ぶべきかも知れない。

 触れたものすべてを強制的に「あぶ」へと変質させる、崩壊の化身。

 それはベルゼブブ――あるいは「蝿の王」と呼ぶべき、忌まわしき怪物だった。


 ​参加者の中には、俺の【運命の眼】が強く反応する者が何人かいた。

 俺は信じていた。これは共に戦い、共に勝利を掴むための「協力」という名の運命なのだと。

 俺たちは誰一人欠けることなく、本体の前へと辿り着いた。


 ……しかし、そこからが真の地獄だった。

​ 怪物の指先が、四人の少年少女に触れた。

 刹那、彼らの肉体は一瞬にして数万匹の「あぶ」へと弾け飛び、意思を持たぬ分体となって俺たちを襲い始めた。


 ​その分体に、さらに二人が食い殺された。

 わずか数秒。たった一瞬で、六つの命が塵となって消えた。

 命というものが、これほどまでに呆気なく、無慈悲に散る瞬間を、俺はそれまで知らなかった。

 追い詰められた俺と残りの三人は、手を取り合って戦おうとした。

 ……いや、手を取り合おうとしたのは、俺だけだった。


 俺は盲信していたのだ。自分の力を。そして、仲間の「絆」とやらを。

​ 極限に追い詰められた人間が最優先にするのは、いつだって己の生存だ。


 俺は残りの三人に背中を押され、生贄として怪物の前へと投げ出された。

 その瞬間、俺はようやく悟った。

 【運命の眼】が示していたあの禍々しい光が、この最悪の裏切りを予見していたのだということに。

 その後の感覚は、もはや地獄ですらなかった。

 身体が崩壊していく中で、俺はただ、言いようのない解放感に包まれていた。


 何も考えなくていい。何も背負わなくていい。

 「解放」という甘美な言葉だけを反芻しながら、俺の意識は暗い淵へと沈んでいった。


 ​次に目を覚ましたのは、それから数年が経過したある日のことだった。

 視界に飛び込んできたのは、ムダミラの歪んだ愛情に満ちた顔。


 そして、蘇生した私の脳、心臓、肺、腸、脊髄――肉体のあらゆる部位を、死の方が遥かにマシだと思えるほどの激痛が貫いた。

 俺は天国から、無理やり泥沼の地獄へと引きずり戻されたのだ。

 俺は、這うようにして歩き出した。

 何よりもまず、家族に会いたかった。あの温かな家に帰りたかった。

 「お帰りなさい」と笑いかけてほしかった。窓から漏れる光が、俺を待っていてほしかった。

 だが、我が家に光などなかった。

 そこにあったのは、冷徹な氷に閉ざされ、色彩を失った残骸だけだった。

 夢見た「物語のような運命」は、確かに存在した。ただ、それが最悪の結末を伴うものだったというだけだ。

 【悪魔】は世界線を渡り歩く。

 無数の並行世界を跨ぎ、自らの矮小なこだわりを貫くためだけに殺戮を繰り返す。


 ​俺は、すべてを諦めた。

 【悪魔】を殺すことも、運命を手繰り寄せることも、そして、生きることさえも。


 以来、俺はあらゆる「死」の手段を試し続けてきた。


 その過程で文々悠里とも刃を交えたが、奴の【事象を断つ剣】ですら、俺の呪われた【不死】を断ち切ることは叶わなかった。

 思考を放棄し、廃人のように日々を浪費していた俺のポストに、一通の通知が届いた。


 その瞬間、俺の【眼】は、かつてないほどに、それこそ太陽のように輝き狂ったのだ。

 龍王坂健。

 君という、唯一無二の光に向かって。

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