Side:ムダミラ・クルシュ

3日目・森林①

​***


「あ、あ――……」


 ​静寂に包まれた森の中で、私は短く発声を確認した。

 ようやく、声の「馴染み」が戻ってきたようだ。

 私の【能力】――【変質】の定義上、これは避けられない副反応なのだが、正直に言って少々閉口する。

 【変質】は、この【遊戯】の参加者、あるいは存在する無機物にしか姿を変えられない。さらに、自身を含めて対象は二つまでという制約もある。


 万能に見えて、その実、非常に不自由で繊細な能力なのだ。

​ 変身直後は新しい肉体に意識を同調させるのに時間を要し、元の姿に戻れば戻ったで、今度は自分自身の輪郭を思い出すのに手間取る。


 よく「能力までコピーできて最強だ」と誤解されるが、実態はもっと泥臭い。私がコピーできるのは、あくまで『形』として認識できるものだけだ。

 ​例えば、抜刀された【刀】や【剣】。それを含めた『姿』として認識すれば、それは能力の模造品ではなく、本物の鋼鉄として顕現する。


 けれど、【髪】や【火】のように不定形なものは、私の認識が『形』として捉えきれないため、再現は不可能だ。

 前回の【遊戯】が終わり、強制的に本来の――栗毛色の髪の姿――に戻った後もしばらくは、あのポニーテールの女の残滓が私を支配していた。


 声のトーンだけでなく、性格、あるいは思考の癖までも。

 本来の私は、あんな風に多弁ではない。必要最小限の言葉しか選ばない、もっと静かな人間なのだ。


 ​「形から入る」という言葉があるけれど、私の場合はそれを逆説的に、かつ強制的に体験させられているのかもしれない。

 そんな思考に耽っているうちに、この忌【遊戯】――おそらく最後になるであろう戦い――も、三日目を迎えていた。


 いけない。思考が内側に籠りすぎている。

 一刻も早くすべてを終わらせ、元の世界に戻り、悠里くんに「ありのままの私」を見てほしい……そんな願望が、使命を忘れさせようとする。

「……だめ。私には、お父様から託された役割があるのだから」

 自分に言い聞かせ、ようやく重い腰を上げたその時だった。

「……あなた、誰?」

 更地に、無遠慮な足音が踏み込んできた。

 まるでお姫様か何かのつもりだろうか。場違いなほど華美な装飾に身を包んだ、生理的な嫌悪感を抱かせる女だった。

「どきなさい。そこは今から私が使う場所よ」

 女の肌をよく見れば、無数の火傷の痕が醜く這っている。

 はて、今回の【災い】は【ブヨの群れ】だったはずだが……。


 なるほど。前回、結城香澄が初めて顕現させた【概念上書き】タイプの能力者にでも遭遇したのだろう。

「嫌よ。ここは私が先に使っていたもの」

 努めて丁寧に拒絶してあげると、女の顔がみるみる怒りに染まった。


​「だから、どけって言ってんのよ! このクソアマがッ!!」

「……随分と、品のない言葉を使うのね」

 少しだけ不快感が込み上げた瞬間、女の【髪】が生き物のように蠢き、その先端が鋭利な刃となって私に向けられた。

「……その能力、髪を操るものかしら?」

「そうよ……。この力があれば、あんたみたいな女を殺すなんて造作もないのよ……!」


 ​奇妙なこともあるものだ。

 悠里くんの【髪】の能力と酷似している。本来、能力が重複することはないはずだが。

 ……というか、彼女自身が【概念上書き】の持ち主だったか……。

「死になさい!!」


 ​――ブゥゥゥゥン。

​ 女が飛びかかるより早く、私が「肉片」を一つ放り投げると、周囲の空気が重低音の羽音で震え出した。

「随分と酷い怪我をしているようね。……いいわ、この子たちに手厚く看病してもらいなさい」


 ​鬱蒼とした森の影から、人型の「黒い影」が這い出していく。


​「この子たちと仲良くできたら、ここを譲ってあげる。私は【迷宮】を探しに行くから。バイバイ」

 笑顔で手を振ってあげたけれど、彼女に振り返す余裕はなさそうだった。

 少しだけ、寂しい。

「あんた、ふざけないで!  助けて、助けてよぉ!!」


 ​絶叫を背中で聞き流しながら、私は深い緑の中へと歩を進める。


「ここの【災い】の権能が『昼でも活動できる』で助かった……」


 悠里くんと同じ能力だなんて、羨ましい限りだけれど。

 あんなゴミのような女が、彼と同じ力を持っているなんて、悠里くんが可哀想だ。

 だから、綺麗に掃除しておいてあげないと。

「ふふっ……悠里くん、褒めてくれるかな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る