3日目・森林②

***


 今回の舞台であるこの森林は、過去のどのステージよりも厄介だ。

 私は今回の第五回遊戯では最終戦からの参戦になるけれど、断言できる。

 【迷宮】の在処を特定させる気がないほどに、この迷いの森は深く、昏い。

「……さて、どうしたものかしら」

 私は足を止め、小さく溜息をついた。

 先ほど遭遇したあの女の能力は、直接火傷を負わせるような性質ではなかった。

 つまり、この森には少なくともあと一人、【概念上書き】タイプの能力者が潜んでいる。

 かつての「庭園」の時のように、災いを逆利用した武器を作ることは不可能だ。今回のブヨのように小さすぎる災いの核だけを正確に抉り出すなんて芸当、私にはできない。


 このままでは、あのタイプの異常な能力者と対峙した際、先ほどのように「死体から拝借した肉片」で【災い】を誘導するような、その場しのぎの戦い方しかできなくなる。

 運良く手に入れた肉片のストックも、そうほとんど無い。


​ 致命的な状況になる前に、何らかの対策を講じておく必要がある。

 そう、思考を巡らせていた時だった。


​「よう」

 背後から、低く、聞き覚えのある声が投げかけられた。

「あら。アドミラグさんじゃないですか。相変わらず、お元気そうで」

 振り返った先にいたのは、かつての私の想い人。

 もっとも、今の彼が纏う澱んだ空気と同様に、私の恋情もとうに枯れ果ててしまったけれど。

「おかげさまでね。……いつだって、死にたい気分だよ。ところで、お前。悠里と接触したらしいな」

「ええ。悠里くんは私のことを深く理解してくれているし、私も彼のすべてを分かっています。……いわゆる『両想い』というやつですね」


 ​私の言葉に、アドミラグさんは酷く羨ましそうに――あるいは、心底呆れたように、深く長い溜息を吐き出した。

「お前……もう悠里には関わるな」

「……え?」


​ 耳を疑った。今、この男は何と言った?

「あいつは……俺の古い友人なんだ。だから、これ以上関わらないでやってほしい。お前は、関わった人間を例外なく不幸にする」

 面倒くさそうに頭を掻く、その何気ない動作。

 この男は、私と悠里くんが築き上げてきた絆を何一つ知らないくせに、知ったような口を利く。

 気づけば、握りしめた拳が白く震えていた。

「……アドミラグさん」


​「ん? なんだ?」

「あなたを、今ここで殺します」

「……それは、いい案だ」


 ​殺し方なんて、もうどうでもよかった。

 衝動のままに、自分の皮膚を【変質】させて作ったナイフを振るう。たとえシステムに守られると分かっていても、幾度も、幾度も、彼の肉を切り裂き続けた。

 刃は虚しく弾かれ、彼に痛みを与えることすら叶わなかったけれど。


​「安心したよ。どうやらお前には、【概念上書き】の力は与えられていなかったようだな」


​「あなたこそ……。昔はあんなに鮮やかに【風】を操っていたのに、今やただの【不死】。進化なのか退化なのか、判断に迷いますね」


​「ほっとけ」

 アドミラグさんは、興味を失ったように背を向けた。


​「安心しろ。俺はもうすぐ、頼まれなくても死ぬ。お前の出る幕なんてないさ」

「…………」

 丸めた背中を見せながら、彼は深い森の奥へと消えていった。

 だが、彼が去っても、胸の内に燃え盛るどす黒い怒りは鎮まりそうになかった。

「……さっきの女、まだ息をしているかしら」


 ​私は、今来た道を引き返し始めた。

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