第3話 破門された僕は、腹ペコのまま森へ行きました

 そんなわけで、教会の裏口から追い出されるようにして放り出された僕は、リバランの街の石畳の上で途方に暮れました。

 「――だから僧侶は辞めた方が良いと最初から言ったんですよ」

 僕の隣でぷかぷか浮いている、手のひらサイズの白い天使――セラが、またお説教を始める。小さな体なのに、声は普通に大きい。

 「彼らが信仰している神は、あなたが会った神様と同じようで違うのです。宗教は難しいんですよ。神をあがめる人は、神に会ったことがない人ばかりですからね!」

 僕はげっそり肩を落とした。

 リバランは小さな街だから、噂の広がりは爆速だ。

 昼過ぎにはすでに、僕が破門された話が近所中に広まっていた。道を歩けばヒソヒソ話、食堂に入ればチラチラ視線。

 街の人のほとんどがホワイトレイ教の信者っていうのも、破門された僕にはかなりツラい。

 だから自然と、ここには居づらくなるわけで。

 「……出よっか」

 僕がそう呟くと、セラは少しだけ優しい声で返した。

 「そうですね。となり街のティクルーナを目指しましょう。あそこなら熱心なホワイトレイ教徒も少ないですし、何より冒険者ギルドが大きい街です」

 こうして僕らは、朝のうちにリバランの街を出発した。

 ◆ ◆ ◆

 街を出てすぐ広がる草原は、風が気持ちよかった。陽の光で草が金色にキラキラして、まるで祝福されてるみたいだった。

 ……破門された直後じゃなければ最高なんだけど。

 草原の奥には深い森が続いている。ティクルーナはその向こう側にあるから、どうやっても森を抜ける必要がある。

 けど、森に入った途端に空気が変わった。

 朝だったのに、光が木々で遮られて薄暗くなり、しっとり湿った空気が肌にまとわりつく。

 歩く道も、もちろん整備されてなんかいない。

 胸の高さまである雑草を腕でかき分けながら突き進み、足元の根っこに引っかかっては転びそうになり、気付けば僕の白い僧侶服は泥まみれだ。

 「……お腹すいたなぁ」

 気づけば口から勝手に言葉が漏れていた。

 すぐ横でぷかぷか浮いていたセラがピタッと止まり、ジト目になった。

 「こんなことになったのもハヤト君のせいですからね。自業自得ですよ。最初から冒険者になっておけばよかったんです!」

 「分かってるよセラ……」

 「その顔! いい年した男がそんなふくれっつらしない!」

 セラは怒ると声がキンキンする。セラの叱責は、森に反響して鳥たちを驚かせるほどだ。

 森での野宿は危険極まりない。戦闘経験のない僕は、魔物に遭遇したらワンパンで昇天する自信がある。

 だから急がなきゃいけないのに――

 「……お腹すいたなぁ」

 つい、口から漏れる。

「そんなこと言ってる場合じゃありません。真っ暗になる前に森を抜けないと危険ですよ!」

 「はいはい」

 返事はするけど、空腹は収まらない。

 胃袋は正直なのだ。

 しばらく歩くと、また言ってしまった。

「はぁ……お腹すいたなぁ……」

「もう! 何回目ですか!!」

「だって……」

 と、そこで。

 ふと、遠くに小さな暖色の光が見えた。

 暗い森の中で、その光は妙に目立つ。

 ふわりと揺れてる。それは――火だ。

「あ、あれなんだろう? たき火かな?」

「もしかすると誰か野宿をしているのかもしれません。よい人なら、ご一緒させてもらいましょうか?」

「賛成。もう歩きすぎて足が棒だよ……」

 湿った地面を踏むたびに、ぬちゃっと靴が沈む。

 葉っぱの間からひんやりした夜風が吹く。

 枝が頭上でガサガサと揺れ、影がちらちら動く。

 そんな中で、たき火だけがぽつんと温かく揺れている。

 たき火の主が人間かどうかはわからない。

 これが人だったら嬉しい。

 盗賊じゃなければ最高。

 でも、もし魔物の焚き火だったら……

「ハヤト君。気をつけて進みましょう」

「うん……」

 息を呑んだまま、僕たちは火の光へと近づいていった。

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