第2話 異世界で僧侶になったけど秒速で破門されました

 リバランの街は、遠くで見たときよりも大きくて、そして、それなりに賑やかでした。

 でもそんなにテンションは上がりませんでした。だって、どれだけ街が立派でも、僕、お金がなかったので。

 潔いほどの無一文。冒険に行かせる時って普通は最低限の装備とかお金とか持たせますよね。でも、あの神はそういう細かいところは全部スルーしてたんです。スマホゲームに夢中になってたし、絶対に僕の異世界での生活なんて考えてなかったに違いない。

「さてハヤト君。どうしましょうか。飲食店にも宿屋にも入れませんよ」

 僕の肩付近にひゅるっと降りてきたセラが、ため息混じりに言う。

 お店からの焼いた肉と香辛料のいい香りが鼻をくすぐります。お腹もギューッと鳴って、僕の心は揺れていました。

「……セラ、なんか食べたい」

「だから、お金がないと言っているでしょう!」

 天使のくせに、それなりにツッコミができるのにイラッとしました。

 セラは続けて提案します。

「冒険者登録をして金を稼ぐのが一般的です。依頼をこなして報酬を受け取り、難しい依頼を達成できるようになれば大金持ちも夢ではありませんよ」

 いやいやいや。

 冒険者って、あれでしょ?

 命がけでモンスター退治したり、ダンジョンで罠に引っ掛かったり、野営したりするやつでしょ?

 そんな野蛮で不安定な生活は無理でしょ。こっちはただの芸人だし。しかも僕って見た目は筋肉ムキムキだけど実はインドア派だし。汗をかくのはジムと舞台の上だけで十分。

 できれば屋根のある建物で働きたい。そして収入は安定している方がいい。

 「じゃあ、大道芸人はどうですか?」

 セラが言う。

 本当はそれも一瞬は考えたんです。街角で筋肉芸見せたらワンチャン稼げるんじゃないかって。でも、そんな甘い世界じゃないことは知ってます。

 プランク吉田にいさんも言ってました。「筋肉も笑いも、積み重ねたヤツだけが“本物”になれるんだ」って。

 大道芸で稼ぐにも、積み重ねがいります。僕にそんな時間はありません。

 いますぐ金が欲しいんです。

 すると、セラは少し考え、こう提案してきました。

「では……教会で僧侶として働くのはどうでしょう? ハヤト君は回復魔法が使えますから」

 …………はい?

 いま、なんて言いました?

「僕、回復魔法使えるの?」

「はい。神さまが転生の際に付与した能力ですよ。それと筋力はカンストしています」

 思わず腕を見つめます。

 まず回復魔法が使えることに驚きました。そして回復魔法といえば後衛職なのに、なぜ筋力値がカンストなのかに疑問を持ちました。

 まあ、どうせセラに聞いても「神さまが決めたことです」で片付けられるので、あえて聞きませんでした。たぶん神さまが僕の筋肉ムキムキの見た目で決めたんでしょう。それぐらいテキトーな男でした。彼は。

 ともかく、教会で僧侶になろう。そう決めて教会へ向かいました。何かしらの団体に所属していた方が、この世界のことの情報収集もできるし。世界の異変ってのも分かるかなって思ったんです。

 でも、セラはなんだか微妙な顔をしてました。理由は後で分かります。

 ◆

 リバランの教会は、白い石造りの大きな建物でした。中に入ると、独特な香の匂いが鼻をくすぐります。ステンドグラスから光が差し込んで神秘的な雰囲気。

「すいませーん。ここで働かせてくださーい。僧侶としてー」

 入り口近くにいた僧侶っぽい人に言うと、めちゃくちゃ驚かれました。

「は、はぁ? 僧侶志願? あなたが?」

 よほど珍しいようでした。

 でもテストはしてもらえました。回復魔法を使えと言われました。

 やり方なんて知らないけど、とりあえず両手を前に出し、腹筋に力を入れてみました。

 筋トレと同じ要領で「フンッ!」と気合を入れます。

 すると――

 両手がぽわっと光りました。

 おお……これが魔法。

 いやふつうにすごい。

「……確かに回復魔法ですね。では採用しましょう。住み込みで働ける部屋もありますから」

 こうして僕は、ホワイトレイ教の教会に正式に所属することになった。

 問題は、セラの扱いである。

「コレは……ペットということにします」

「ペットぉ!?」

「だって天使には見えませんし」

 僕の肩でプルプル震えるセラ。

 まあ、僕には関係ないので受け入れましたが。

 ◆

 ホワイトレイ教はこの世界最大の宗教。唯一神を崇める一神教で、教義は厳しく、信徒も真面目。

 僕はその僧侶たちから、この世界の一般常識をいろいろ教わりました。

 例えば魔法のこと。この世界の魔法は四種類。

 神聖魔法、精霊魔法、生体魔法、暗黒魔法。

 そのうち、回復魔法は神聖魔法の専売特許。小さい頃からホワイトレイ教の教えを学び、神の声を聞くことができる人間だけが使えます。

 ……なるほど、僕が珍しがられるわけだ。僕、ぜんぜん信者じゃないし。

 というか、回復魔法ですら問題がありました。

 ホワイトレイ教の僧侶たちが使う回復魔法はすごいんです。

 呪文を唱えると地面に魔方陣が浮かび、そこから放たれた神々しい光が魔方陣内にいる人間の傷や病気を癒やします。

 対して僕の回復魔法は――手が光るだけ。

 弱い。

 魔方陣も出ない。

「あなた! 祈りが足りません!」

「もっと神にひれ伏しなさい!」

「神の像の前でその態度はなんですか!」

 あの頃、僕は毎日怒られてました。

 でも僕はホワイトレイ教の教義を受け入れることはできなかった。日本にいるときだって無宗教だったし、そもそも神の像が僕がみた神に全然似てないんだもん。

 神ってもっと胸元開いた無精ヒゲ中年だったのに、像だと若々しいK-POPアイドルみたいになっちゃってる。

 なのでとうとう――

「神を信仰できぬ者を僧侶として置いておくことはできません!」

 と宣言され、なんと僕はホワイトレイ教を破門に。

 こうして僕は、教会を追い出されることになったのです。

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