第10話 美咲流シチュー・リメイク
朝のキッチンに漂うのは、昨日の夜に食べたシチューの名残り。鍋の底に少し残った白いソースと野菜が、冷蔵庫の中でひっそりと待っていた。米田ひかりがそれを見つけて「どうしようかな」と考えていると、派手なパーカー姿の葉山美咲が颯爽と現れた。
「おっ、残り物発見!これは俺の出番だな」
「え、どうするんですか?」
ひかりが首をかしげる。
「ただ温め直すなんて芸がない。俺が洒落た料理に変えてやる!」
美咲は鍋を取り出し、冷蔵庫の中を物色し始めた。パン、卵、チーズ、そしてトマト。彼の目がきらりと光る。
「まずはシチューグラタン!」と宣言すると、耐熱皿に残りのシチューを流し込み、チーズをたっぷりのせてオーブンへ。数分後、表面がこんがりと焼け、黄金色のグラタンが姿を現した。
「おお……」
ひかりが目を丸くする。
「見た目も味も完璧だろ?インスタ映え間違いなし!」
美咲は得意げだ。
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だが彼の洒落っ気は止まらない。次に取り出したのはトマト。中をくり抜き、残りのシチューを詰めてオーブンで焼き上げる。赤いトマトの中から白いシチューがとろりと溢れ出す姿は、まるでレストランの一皿のようだった。
「これぞ“シチュードーム”!」
美咲が命名する。
「名前まで洒落てますね……」
ひかりは笑う。
そこへ塩見晴が出勤前に顔を出し、「おいおい、朝からこんな本格的なのか」と驚いた。茶谷崇も眼鏡を直しながら「栄養的にも合理的だ。残り物を再利用するのは持続可能性の観点からも――」と語り始め、美咲が「はいはい、難しい話はあとで!」と遮った。
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4人はテーブルを囲み、グラタンとトマトのシチュー詰めを前にした。湯気が立ちのぼり、朝の光に照らされて輝いている。
「いただきます!」
声が重なる。
ひかりがグラタンを一口食べると、チーズの香ばしさとシチューのまろやかさが混ざり合い、昨日とは全く違う味わいになっていた。トマトの中のシチューは酸味と甘みが加わり、爽やかな朝にぴったりだった。
「美味しい……!昨日のシチューがこんなに洒落た料理になるなんて」
ひかりは感動する。
「だろ?残り物はアイデア次第で宝物になるんだ」
美咲が胸を張る。
「写真撮ろう!『美咲流シチューリメイク』ってタイトルで」
彼はスマホを構えた。
晴は笑いながら「朝からレストラン気分だな」と言い、崇は「確かに合理的だ」と頷いた。
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食卓は笑い声で満ちていた。昨日の夜に囲んだシチューが、翌朝には洒落た料理として蘇り、また4人を温めていた。ひかりはその光景を見ながら思った。――料理はただの食事じゃない。誰かの遊び心や工夫が加わることで、日常が少し特別になるんだ。
窓の外には冬の朝の光が広がり始めていた。冷たい空気の中で、シチューの湯気と笑い声が、シェアハウスを温かく包んでいた。
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