第9話 白いシチューの夜

冷たい風が吹き抜ける夕方。窓の外はすっかり冬の景色に変わり、庭の木々は葉を落として枝だけになっていた。米田ひかりは大学から帰ってきて、手をこすり合わせながら玄関を開けた。指先が冷たく、息が白くなる。


「おかえり」

 リビングから声をかけてきたのは塩見晴だった。スーツ姿の彼は仕事帰りで、ネクタイを緩めながら新聞を広げている。

「寒かっただろ。今日はシチューにしようと思ってる」


その言葉にひかりの顔がぱっと明るくなった。シチュー――冬の定番であり、体を温める料理だ。


「シチュー!いいですね!」

「俺も賛成!」

 葉山美咲がソファから飛び起きる。派手なパーカーを着て、スマホをいじっていた彼は、食べ物の話になるとすぐに元気になる。

「シチューは栄養バランスがいい。野菜も肉も乳製品も入れられる」

 茶谷崇が真面目に言う。大学院生の彼は、いつも理屈っぽいが、シチューの話になると少し熱がこもる。


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4人は買い物袋を抱えてキッチンに集まった。玉ねぎ、人参、じゃがいも、鶏肉、牛乳、そして市販のルウ。冬のシチューに欠かせない食材が並ぶ。


「俺は野菜を切る」

 晴が包丁を手に取る。

「俺は盛り付け担当!映えを意識して並べるから」

 美咲が笑う。

「俺は煮込みを担当する。火加減が大事だ」

 崇が真面目に準備を始める。

「じゃあ僕は……じゃがいもの皮をむきます!」

 ひかりは慌てて声を上げた。


玉ねぎをざくざくと切る音、人参を輪切りにする音、じゃがいもの皮をむく音。キッチンはにぎやかで、まるで小さな祭りのようだった。


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鍋に油をひき、鶏肉を炒める。じゅっと音が響き、香ばしい匂いが広がる。玉ねぎ、人参、じゃがいもを加えると、色とりどりの景色が鍋の中に広がった。水を注ぎ、ぐつぐつと煮込む。


「野菜が柔らかくなるまでじっくり煮るんだ」

 晴が説明する。

「煮込み時間は科学的に――」

 崇が語り始め、美咲が「はいはい、難しい話はあとで!」と笑って遮る。


やがて野菜が柔らかくなり、ルウを加える。とろりと溶けて、鍋の中が白く変わっていく。牛乳を加えると、さらに優しい香りが広がった。


「いい匂い……」

 ひかりが思わず呟いた。

「シチューは寒い夜にぴったりだ」

 晴が笑う。


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テーブルの中央に鍋を置き、4人が囲む。湯気が顔にかかり、頬がほんのり赤くなる。

「いただきます!」

 4人の声が重なった。


ひかりがスプーンを伸ばし、シチューをすくう。口に入れると、野菜の甘みと鶏肉の旨味が広がり、体の芯まで温まる。じゃがいもはほろりと崩れ、玉ねぎはとろけるように柔らかい。牛乳のまろやかさが全体を包み込み、優しい味になっていた。


「美味しい……!」

 ひかりの声が自然に漏れる。

「でしょ?寒い日はこれに限る」

 晴が頷く。

「写真撮ろう!『冬のシチュー会』ってタイトルで」

 美咲がスマホを構える。

「栄養バランス的にも完璧だ」

 崇が真面目に評価する。


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食卓は笑い声で満ちていた。美咲が「次はパンを添えよう!」と提案し、晴が「バゲットを焼いてシチューにつけるんだ」と説明する。崇は「炭水化物とタンパク質の組み合わせが――」と語り始め、ひかりは笑いながら「もう理屈はいいです!」と突っ込んだ。


鍋の中身が減ると、味がさらに濃くなり、最後にはご飯を入れてリゾット風にした。シチューを吸った米はふっくらと膨らみ、湯気の中で4人の顔がさらにほころぶ。


「これがあるからシチューはやめられない」

 晴が満足そうに言う。

「ほんと、幸せだな」

 ひかりは心の奥でそう思った。


---


夜、外には冷たい星空が広がっていた。窓から見える庭の桜の枝はすっかり葉を落とし、冬の訪れを告げている。ひかりは布団に入り、今日のことを思い返した。シチューを囲んで笑い合った時間、牛乳の温かさ、みんなの声。どれも鮮やかに心に残っている。


「こういう日常が続いていくのも悪くないな」

 そう思いながら、ひかりは静かに目を閉じた。

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