第8話 おでんの湯気と語り合い
冷たい風が吹き抜ける夜。シェアハウスの窓ガラスには白い曇りが広がり、庭の木々はすっかり葉を落としていた。米田ひかりは大学から帰ってきて、手をこすり合わせながら玄関を開けた。指先が冷たく、息が白くなる。
「おかえり」
リビングから声をかけてきたのは塩見晴だった。スーツ姿の彼は仕事帰りで、ネクタイを緩めながら新聞を広げている。
「寒かっただろ。今日はおでんにしようと思ってる」
その言葉にひかりの顔がぱっと明るくなった。おでん――冬の定番であり、みんなで囲む料理だ。
「おでん!いいですね!」
「俺も賛成!」
葉山美咲がソファから飛び起きる。派手なパーカーを着て、スマホをいじっていた彼は、食べ物の話になるとすぐに元気になる。
「おでんは栄養バランスがいい。大根も卵も練り物も入れられる」
茶谷崇が真面目に言う。大学院生の彼は、いつも理屈っぽいが、おでんの話になると少し熱がこもる。
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4人は買い物袋を抱えてキッチンに集まった。大根、こんにゃく、卵、ちくわ、はんぺん、牛すじ、そして厚揚げ。冬のおでんに欠かせない食材が並ぶ。
「俺は大根を切る」
晴が包丁を手に取る。
「俺は盛り付け担当!映えを意識して並べるから」
美咲が笑う。
「俺は出汁を作る。昆布と鰹節で基本を整える」
崇が真面目に準備を始める。
「じゃあ僕は……卵をゆでます!」
ひかりは慌てて声を上げた。
大根を厚めに切り、面取りをして下茹でする。こんにゃくは塩でもんでから熱湯に通す。卵は殻をむいて準備完了。牛すじは串に刺し、下茹でして余分な脂を落とす。キッチンはにぎやかで、まるで小さな祭りのようだった。
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鍋に昆布を入れて火にかける。やがてふわりと香りが広がり、鰹節を加えるとさらに深い匂いが漂った。崇は真剣な顔で「旨味成分のグルタミン酸とイノシン酸が相乗効果を――」と語り始め、美咲が「はいはい、難しい話はあとで!」と笑って遮る。
大根、こんにゃく、卵、ちくわ、牛すじ、厚揚げを次々と加えると、鍋の中は色とりどりの景色になった。湯気が立ちのぼり、キッチン全体が温かさに包まれる。
「いい匂い……」
ひかりが思わず呟いた。
「おでんは時間をかけて煮込むから美味しいんだ」
晴が笑う。
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テーブルの中央に鍋を置き、4人が囲む。湯気が顔にかかり、頬がほんのり赤くなる。
「いただきます!」
4人の声が重なった。
ひかりが箸を伸ばし、大根をすくう。口に入れると、出汁の旨味がじんわり広がり、体の芯まで温まる。卵は黄身まで味が染み、牛すじは柔らかく、ちくわやはんぺんはふわりとした食感を添えていた。
「美味しい……!」
ひかりの声が自然に漏れる。
「でしょ?寒い日はこれに限る」
晴が頷く。
「写真撮ろう!『冬のおでん会』ってタイトルで」
美咲がスマホを構える。
「栄養バランス的にも完璧だ」
崇が真面目に評価する。
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食卓は笑い声で満ちていた。美咲が「次はからしをつけよう!」と提案し、晴が「辛さが旨味を引き立てるんだ」と説明する。崇は「カプサイシンの刺激が――」と語り始め、ひかりは笑いながら「もう理屈はいいです!」と突っ込んだ。
鍋の中身が減ると、出汁の味がさらに濃くなり、最後にはうどんを入れて締めにした。出汁を吸った麺はふっくらと膨らみ、湯気の中で4人の顔がさらにほころぶ。
「これがあるからおでんはやめられない」
晴が満足そうに言う。
「ほんと、幸せだな」
ひかりは心の奥でそう思った。
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夜、外には冷たい星空が広がっていた。窓から見える庭の桜の枝はすっかり葉を落とし、冬の訪れを告げている。ひかりは布団に入り、今日のことを思い返した。おでんを囲んで笑い合った時間、出汁の温かさ、みんなの声。どれも鮮やかに心に残っている。
「こういう日常が続いていくのも悪くないな」
そう思いながら、ひかりは静かに目を閉じた。
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