第3話 ハンバーグに込めたハート

春の雨がしとしと降る午後。窓の外は灰色の雲に覆われていたが、シェアハウスのキッチンには温かな灯りがともり、肉をこねる音が響いていた。米田ひかりは大きなボウルを前にして、両手を真っ赤にしながらひき肉をこねていた。昨日のオムライスに続いて、今日はハンバーグに挑戦することになったのだ。


「今日はハンバーグだ。肉をこねるところから始めよう」

 塩見晴が声をかける。彼は落ち着いた兄貴分で、料理の基本を丁寧に教えてくれる。ひかりは不安そうに手を止めて、

「えっ、ハンバーグって難しいんじゃ……」

 と呟いた。晴は笑って、

「大丈夫。力を込めて、でも優しくね。料理は気持ちが伝わるんだ」

 と励ます。


葉山美咲は横で玉ねぎを炒めながら

「黄金色になるまで炒めると甘みが出るんだよ。映えも大事!」

 と楽しそうに言う。フライパンからは甘い香りが立ちのぼり、雨の午後にぴったりの温かさを添えていた。茶谷崇は真面目に、

「肉とパン粉の比率は科学的に最適化できる。水分量を調整すればジューシーさが増す」

 と解説を始める。

「……難しいこと言わないでください!」

 ひかりは笑いながら、両手でひき肉をこね続けた。


パンパンと手のひらで空気を抜く音がキッチンに響く。

「その音、いいね。ハンバーグって、まるで心臓の鼓動みたいだ」

 美咲が冗談めかして言う。

「ハートを込めるってことだな」

 晴が頷く。ひかりはその言葉に少し勇気をもらい、さらに力を込めた。


フライパンに油をひき、肉をそっと置くと、じゅうっと音が広がった。香ばしい匂いが部屋いっぱいに満ちる。

「表面をしっかり焼いてから蒸し焼きにすると、中までふっくら仕上がる」

 晴が説明する。

「肉汁の保持率は温度管理次第だ」

 崇がまた理屈を語り、美咲が「はいはい」と笑う。ひかりは真剣な顔で焼き加減を見守った。


ソースは赤ワインとケチャップ、ウスターソースを煮詰めて作る。香りが立ちのぼり、雨音と混ざり合って心地よいリズムを奏でる。

「仕上げにバターを落とすとコクが増すんだ」

 晴が手際よく仕上げる。皿に盛り付けられたハンバーグは、艶やかなソースをまとい、湯気を立てていた。


「いただきます!」4人の声が重なる。ひかりがナイフを入れると、肉汁がじゅわっと溢れ出す。口に運ぶと、柔らかさと旨みが広がり、思わず笑顔になった。

「美味しい……!なんか、みんなで作ったから余計に美味しい気がする」

「そうだろ。ハンバーグはハートを込める料理だからな」

 晴が言う。

「写真撮ろう!『ハートのハンバーグ』ってタイトルで」

 美咲がスマホを構える。

「タンパク質の網目構造が――」

 崇の解説は途中で遮られ、笑い声が広がった。


食後、4人はリビングでコーヒーを飲みながら談笑した。雨音が静かに響く中、ひかりはふと感じた。昨日のオムライスも今日のハンバーグも、料理そのもの以上に、みんなの声や笑顔が力になっている。ここでの暮らしは、きっと温かいものになる。そう思いながら、ひかりは窓の外の雨を眺めた。灰色の雲の向こうに、明日への光があるような気がした。

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