第26話:アイドル① 転校と目標【3月上旬】

芸能生活は順調だ。

だが、高校生活は限界を迎えていた。二学期からの欠席は積み重なり、普通なら留年も避けられない状況となった。今年は学校側の支援もあり免れられたが、来年はそうもいかない。三月。俺は、慣れ親しんだ高校に別れを告げ、芸能活動に特化した通信制の高校へと転校することとなった。


丁度、3年生に進級するタイミングでの話になるので。これが最善の選択だと春夏冬さんと判断した。厳先生も普通に卒業させてやりたかったと残念そうにしたが理解してくれた。


***


転校の手続きを終えた後、クラスで皆にお別れの挨拶をする。千代里ちゃん、緋香里ちゃんとは抱き合ってお別れを言い。また会うことを約束する。

クラスの連中の最後の願いとして、一曲歌わされた。巖先生も泣いていた。お世話になりました。


クラスを出ると最後に残った問題に決着をつけなければいけない。

俺はツヴァイ-昴-に連絡を取り、屋上で会うことにした。


「寿さん……転校、するんだね」

ツヴァイ-昴-の顔は暗く、寂しさが滲んでいた。俺も、胸が締め付けられるように痛む。この身体の持ち主だった美桜がツヴァイ-昴-を好きだったためだろうか。


「うん。このままじゃ、仕事と学業の両立が無理だって」


「そう……だよね」


沈黙が重い。俺は意を決して、最も重要な本題を切り出した。


「桐生くん。昨年、告白してくれてありがとう。嬉しかった。」

告白は”美桜”も待ち望んでたと言っていた…


「でも、私はもう、以前の私ではないから」

美桜ではなく、俺ー昴ーだから…

「桐生くんと付き合うことは出来ない」


ツヴァイ-昴-は何も言わない。ただ、瞳を大きく見開き、俺を凝視した。


「わかった」目を閉じてひとことそういった。


「こうして、呼び出して貴重な時間を割いてくれた。その程度には気にかけてくれていた。それで満足するよ…」

「桐生くん…」

「頑張って。応援しているよ」

こうして、俺ー昴ーと、この世界のツヴァイ-昴-の決着をつけた。苦しいだろう。良く紳士的に対応してくれた。頑張れよこの世界の俺。

いつかまた、全てを話せる時があれば良いなと思った。


屋上への踊り場に、真帆が心配で来ていたみたいだ。


(真帆、後は任せるよ)


最後に屋上を一周し、屋上から学校を見渡す、美桜と出会った運命の場所。昴として美桜として、一番濃厚な2年の二学期を過ごせた忘れられない場所。心残りは元の姿の昴の俺と美桜で一緒に卒業できなかったことだろうか…


校門を出るとき、振り返ってお辞儀をする。最後の挨拶だ。

俺は春夏冬さんの待つアルファードへ足を向けた。

仕事が待っている。


***


【社内ボイスレッスン場】


俺は気持ちを切り替え、アイドルとしての新たな目標に向けて、レッスンに励んでいた。


ボイストレーナーの如月さんに、秒数を徐々に伸ばしながら、一定の細さで息を吐き続けるロングブレスのレッスンを受けていると、突然ドアが開け放たれた。

須藤がニンマリとして入って来て、いきなり肩を掴まれる。

「美桜!クリスマスイヴコンサートをやるぞ」と言い出した。

「はぃ?」

須藤と一緒に入って来た春夏冬さんを見る。クビをブンブン振っている。

「ええと、コンサート…ですか?」

「そうだ、クリスマスイヴに行う」

鼻息が荒いんですけど…

「コンサートって、何曲必要なんですか」と春夏冬さんの顔を見る。

春夏冬さんは、指を折りつつ「曲数は18曲くらいで…内訳が…代表曲や既存曲が15曲。それとコンサート用の新曲を1曲、アンコール用2曲くらいでしょうか」と教えてくれた。

「…私まだ、持ち歌1曲しかありませんよ」

「大丈夫だ、任しておけ」

「…」


【社内会議室】

その勢いで、美桜JCS(統合参謀本部)の面々が会議室に召集される。


須藤はさっそく、キュポっとホワイトボードマーカーのキャップをとると、ホワイトボードに書き始める。

殴り書きされた内容を見ると…

須藤さんの「任しておけ」は、CM11本の出演と、付随するテーマ曲の獲得。スポーツ大会やイベントのテーマ曲3曲という契約だった…

(ドラマ撮影も続いているのに、そんなに取ってきて殺す気ですか?)


「これに、化粧品CMのカバーもいれれば15曲だ、オリジナルの新曲を3曲加えれば全18曲だ問題ない」

机上の空論も甚だしい。

JCSのメンバーの呆れている感じが伝わってくる。


「大丈夫なんですか?」

(私の身体もちますか?)

「コンサートだぞ、コンサート、トップアイドルを目指すんだ」

アイコンタクトで春夏冬さんに聞く『なんで須藤さんこんなにテンション高いの』

ジェスチャーで返してくれる『須藤さんもアイドルに対して一家言(イッカゲン)あるみたいで…」

(はあ…)

「クリスマスイヴというからには12月24日でしょうけど。会場はどこですか?」と如月さん。

「PAアリーナMMを押さえた」

「12000人規模ですね」

「ああ、物足りないが、ドームやSSアリーナなどめぼしいところは押さえられていた…」須藤さんが苛立たしげに言う。

「武道館が8000人~14501人と考えると、まあ武道館規模ですね」

「で、この曲数ですが…残り9カ月でよ」

如月さんが立ち上がり、ホワイトボードへ向かう。

スラスラと須藤さんの汚い文字の下に書いていく。


1.企画・コンセプト決定:プロデューサー、ディレクター:1週間:ターゲット、テーマ、納期を設定。

2.作詞・作曲家依頼:プロデューサー:1週間:依頼とデッドラインの設定。

3.作詞・作曲:作曲家、作詞家:2~4週間:クリエイティブ期間。この期間は短縮しづらい。

4.編曲(アレンジ):編曲家:2週間:曲の骨格を固め、楽器構成を決定。

5.歌唱レッスン:歌唱講師、アーティスト(美桜):1週間:デモ音源を元に歌い込み、歌唱指導を実施。

6.レコーディング:エンジニア、アーティスト(美桜):1~3日:メインボーカルの収録。

7.ミックス・マスタリング:エンジニア:1週間:音量、音質調整。音源の最終形を確定。

8.プロモーション/流通準備:販促チーム、レーベル:6~8週間:CDプレス、WEB配信手続き、ジャケット制作、MV制作、プロモーション展開計画。最も時間がかかる工程。

合計(最短)約15.5週間(約4ヶ月弱)


「これが一つを順番に作る場合の最短期間です」

「む、そうだな」

「でしたら…」

「工程1は既に不要だ。工程3~4は全て並行制作とする」

「で、ですが。工程5と6(歌唱レッスン、レコーディング)は、美桜さんが物理的に拘束される時間ですよ、ここが最大のボトルネックとなります。

美桜さんのような高いプロ意識を持つアイドルでも、肉体的・精神的な集中力と休息を考えると、1週間に2〜3曲をレッスンからレコーディングまでこなすのが限界です。」

「しかも、平行作業と言っても、曲が上がってくるタイミングはシーケンスじゃないですし、曲には振付などダンスレッスンに、PV撮影…」とダンスインストラクターの木下さん。

(ぇえ…想像より過酷そうなんだが…)血の気が引いてくのが解る…

「ドラマ撮影も放映終了後まで続きますよ」と西田。

(そうなんだよドラマ撮影って、追加撮影でエキストラシーンなど、 最終回の放送後も、視聴者へのサービスとしてDVD/Blu-ray特典用の未公開シーンや、オフショットオフショット、あるいは視聴率が非常に良かった場合の続編やスピンオフのための「繋ぎ」となるシーンを急遽撮影することがあるらしいんだよ)

「美桜さんまた倒れちゃいますよ」とスタイリストの近田さん

(そうそう、言ってやって言ってやって)

すくっと立ち上がった春夏冬さん「大丈夫です。」

「「「「え?」」」」

「美桜さんですから」

「「「「……」」」」

「だよな」と須藤さんが頷いている。

(いやいやいや無理だから)

「いいな美桜」

「はい…」

(ああ、なんか、スカウトがうちに来たときに似てる…)


という事で、ドラマの撮影と並行してレコーディング、CM撮影、PV撮影、TV出演などなどが目白押しとなった…



【社内ボイスレッスン場】


数日後。本格的な地獄が始まった。


ボイストレーナーの如月さんが鋭く叱咤する。俺は、如月さんにクイック・リーディング・セッションのレッスンを受けている最中だった。須藤さんが取ってきたCM曲、タイアップ曲など、次々と送られてくる新曲のメロディを、初見で正確に歌いこなすための訓練だ。


「マイクの前で、体幹をブレさせるな!声帯をリラックスさせろ。お前の身体はもっと効率的に鳴らせる楽器だ!」


美桜の運動神経と反射神経は非常に高いが、如月が要求する長時間の歌唱に耐えるスタミナはまるで足りない。全身の筋肉を酷使して発声するため、数曲歌い込むだけで腹筋と横隔膜が悲鳴を上げ始める。プロの要求水準が高すぎる。


そこへ、神崎プロデューサーが入ってきた。数多くの主題歌やCMソングをヒットさせたヒットメーカーだ。


「寿さん、早速ですが本日からレコーディングに入ります。まずはCMソングの4曲から。3日後のマスターアップを目指します」

「……はい」


ドラマの撮影と並行して、レコーディング、ボイストレーニング、ダンスレッスン、そしてまたレコーディングという怒涛のスケジュールが組まれた。睡眠時間は削られ、美桜の身体は限界を超え、俺は何度も倒れそうになる。如月さんはそんな俺に、休憩中も腹式呼吸を徹底させ、休む間も与えなかった。

「お前は天才だ。だが、天才は努力をしなければただの才能の塊で終わる。このコンサートを成功させれば、お前は紛れもなくトップアイドルだ」

(ああ…”美桜”…俺も、もう直ぐそっちに行くよ)とマジで思った。

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