第16話:春夏冬さん【11月10日】

「おはようございます、美桜さん!」

春夏冬さんの声が、朝の楽屋に響く、元気すぎる声。

まだ眠い目をこすりながらも、俺は、元気に挨拶を返す。

「おはようございます、春夏冬さん!」

俺は、請われて入った芸能界だが、美桜の仮面を被る以上半端は出来ない。

たとえ、毎日のレッスンが厳しく、台本読みで寝ていなくて眠くても俺の理想の美桜を演じなければいけない。

なので…あくびすら我慢する…

「どうしたの美桜?舌の先で上唇を舐めて…」

「い、いえ、なんでも…」

以前、舌の先で上唇をちょっと舐めるとあくびが止まると聞いたことがあり実践したが。

見られてるときにやるものではないと悟った。


俺は、鏡の前で“美桜”の顔を整えてもらっていた。

ラベンダーのニット、白いスカート、ふわっとした髪。

鏡に映るのは、俺が“美桜”に憧れていた頃に思い描いていた、理想の美桜だった。

可愛くて、儚くて、でも芯がある。

そんな美桜を、俺は今――演じている。

「……私、うまくやれてますか。」

「え?何言ってるんですか、美桜さんは完璧ですよ!」

「……そうですか」


春夏冬さんは、俺のマネージャーだ。

年齢不詳、テンション高め、とても出来そうな残念美人…

初めて会ったときは、パリッとキリッとして出来るお姉さんだったんだけど…

放課後、休日と顔を会わせる時間が増えると、ボロが出てきた。

連絡事項は一部抜けてたり。方向音痴で、何度もレッスンに遅れ、一緒に怒られている。

でも、俺のために一所懸命なのが伝わってくる。俺にとっては、芸能界で唯一の"味方"だ。

それに、俺がしっかりしようと思う反面教師でもある。


「今日も撮影、頑張りましょうね!」

今日は山中湖での屋外ロケで、第2弾のグラビア撮影と、PV撮影を行う予定だ。

「第1弾の撮影風景とかプロモーションビデオ少しづつ流してるんですけど、SNSの反応、すごかったですよ!」

「そうなんですか……」

「問い合わせも凄いんですよ、CMのオファーもあって決まりそうなんです!」

「……私のことじゃないみたい…」

「え?何言ってるんですか、美桜だからなんですよ!」

「……ありがとうございます。」


***


撮影現場は、思った以上に殺伐としている。

スタッフは忙しそうに動き、誰も俺に目を向けない。

台本は前日に渡され、セリフは朝までに覚える。


スタッフも、カメラも。

みんなが、商材の美桜を見ている。

でも、それは――俺じゃない。


俺は、美桜を演じながら、それを俯瞰して見ている。

「今の笑顔、ちょっと硬いかも」

「目線、もう少し下から」

「その場で 『一気にスピン』 !スカートが舞う瞬間を撮りたい!」

俺は、自分の理想の美桜を演出しながら、

「いいよ、すごくいい」

皆が求める美桜を演じている。

「OK!OK!神カット!」

俺は、俺が褒められるより美桜が褒められるのが嬉しい。

「肩の力を抜いて! 『鎖骨を見せる』 意識で」

思わず笑顔がこぼれる。

「その透明感はCGじゃ出せない。まるで磨きたての水晶だ。」

だが、皆からの賞賛を美桜は知らない。

「腰を少し 『クランクイン』 させて(骨盤を少し前に傾け、S字ラインを強調するポーズ)」

それが

「神様が作った造形だな。どこから撮っても完璧だよ。」

とても悲しい。


***

「はい、飲み物」

春夏冬さんがコンビニで買ってきた飲み物を持って来てくれた。

「ありがとうございます」

今は午前中の撮影が終わり休憩に入っていた。

サンドイッチを差し出し。

「美桜さん、食べてください。チキンと卵、どっちがいいですか?」

「……卵で」

午後はプロモーションビデオの撮影に入る予定だ。

「どうでしたか?」

「とても良かったわ。チーフの須藤さんも喜んでた。」

「良かった」

「宣伝の西田さんも、ゆだれたらして喜んでたわよ」

「それは嫌です」

(西田…ェ)


「春夏冬ーーー!」

「はいー!、呼ばれたみたい。ちょっと行って来ます」

須藤さんに呼ばれ、春夏冬さんが向かう、目で追うと…あれ?なんか謝ってる?


あ、戻って来た…

「美桜さん、ごめんなさい!」

「ど、どうしました?」

「1日撮りを、半日しか抑えてませんでした…」

顔面蒼白な春夏冬さんに、俺はキョトンとする。

「え…ど、どうなるんですか?今日…」

「いま須藤さんが代替地を探してくれてます…」

春夏冬さんが、崩れそうなほどフラフラしてる、なんか居たたまれない。

「場合によっては、私、美桜さんの担当外されるかもしれません…短い間でしたけど…ありがとうございました。」

「え、ええ、ちょっと、春夏冬さん。何言ってるんですか」


私は急いで須藤さんの所に走る。

「美桜か、すまん、今手分けして似たようなロケ地を探してる」

「はい」

「今の美桜は1日でも遅れるのは惜しいからな」

「私も手伝います。」

「わかった、このリストを上から読み上げてくれ。」

手書きのリストを受け取る。名称と電話番号の字体が違う、場所を調べる人と、電話番号を調べる人にわかれ総力戦なのが伝わる。もう半分以上に横線が引かれ消されている。

俺が読み上げた電話番号に須藤が電話する。

「恐れ入ります、東京ドラマティックエンタテインメントの須藤と申します。実は緊急でご相談がございまして。本日午後、御社で管理されている湖畔エリアの遊歩道を、急遽ロケ地として使用させていただくことは可能でしょうか。」

電話の奥で無理ですという拒絶の声が聞こえる。

2件目、同じだった。

3件目、4件目と掛けるが、上手くいかない。

「たいがい、1か月、最低でも2週間は申請に必要だからな…」

と須藤も肩をおとしている。

5件目…

「恐れ入ります、東京ドラマティックエンタテインメントの須藤と申します。実は緊急でご相談がございまして。本日午後、御社で管理されている河口湖畔エリアの遊歩道を、急遽ロケ地として使用させていただくことは可能でしょうか。午後1時半から撮影を開始したいのです。」

「須藤様。それは少々... 営利目的の撮影は通常、最低でも2週間前の申請が必要です。他の利用者様への配慮もあり、本日の急なご要望は、規則上お受けできません。」

「重々承知しております。しかし、弊社の不手際で、午前中のロケ地に大きなミスが生じてしまいました。新人タレントのデビューをかけた非常に重要な企画でして、何としても今日中に撮影を完了させたいのです。機材は最小限、動員人数も申請通りに抑えます。」

「規則は曲げられません。他の場所をご検討ください。」

「…弊社のタレントの名前は、寿美桜と申します。」

「寿美桜さん…?…え、寿美桜さん?」

「ちょっと待ってください。……」

「特別に許可を出します。午後1時半から、17時まで時間厳守で。ただし、他の利用者へのご迷惑は絶対に避けてください。」

須藤さんは俺のことを見る。

「…OK取れた…」

俺は飛び上がって喜んだ。


スタッフは急いで機材を積み込み始める。

ものすごい手際に圧倒する。

「美桜も急いで迎え、春夏冬ー直ぐに近田も連れて出発しろ!直ぐ追う」

須藤が激を飛ばす。

「は、はい」

春夏冬さんは俺の手を取ると、近田さんを促してアルファードに乗り込む。

「大丈夫ですか?」

弱々しい笑顔を返してくれた。


ロケ場所に到着すると、スタッフは急いで作業に入る。都合2時間遅れだ。

秋の陽の入りは早い、急いで撮影しなければならい。


須藤が寄ってくる。

「すまん、一発撮りで頼む。」

(は?新人に言いますか?)

春夏冬さんの方を見る、幽鬼のように立っていた…

「わかりました、その代わり上手くできたらお願いがあります」

「…わかった」


俺は、俯瞰した感覚で美桜の身体とカメラの位置、太陽の光、それらを全て考慮して。どう美桜が動けば良いかを頭の中で何度かシュミレーションする。

「うん、これだ」


撮影が始まる、遊歩道を歩き走り、風に乗って踊る。笑顔も絶やさないが、一瞬の影も落とす。自分を含め見るものを魅了する、そんなイメージで俺は湖岸を駆けた。


「オッケー、カーーット」


撮影が終わった、一発撮りだ。


***


「美桜、湖の管理局に行ってきた。お前昔ここでボートから転落した子供を助けたことがあるんだな。」


「え?」


「珍しい名前だし、管理局の人が覚えていたのが、撮影許可が下りた理由らしい。」


美桜がそんなことを?

そうなら美桜に助けられたんだな俺。


***

本社に帰り、本日の反省会が開かれる。春夏冬さんの不手際の件だ。

「春夏冬、どういうことだ、中止になって金銭的な損害が出るだけならまだいい、だが今回は美桜の今後に係る事だった。」

「はい。」

「処分は…」

「須藤さん」

「なんだ、美桜」

「約束ありましたよね。」

「…」

「一発撮り成功したら、お願いがあるって」

「そうだな、なんだ」

「春夏冬さんを外さないでください」

「これはお前の今後のためでもあるんだぞ」

「私は、完璧な人より、一緒に努力してくれる人が好きです。」

春夏冬さんが俺の顔を見る。

「たとえどんなに出来ない人でも私は、私は…」

須藤さんも俺をじっと見つめている。

「今回…美桜のおかげでロケ地もとれたな。」

「はい」俺は頷く。

「一発撮りを成功させたな。」

「はい」

須藤は暫く黙り込むと、春夏冬さんに向かって。

「2度はないからな!」と言った。


春夏冬さんが涙ぐむ。


「美桜…」

「はい」

「さっき春夏冬のことダメ人間みたいに言ってたが……春夏冬はハーバードで博士号を取っていて、特許も3つ持ってる才媛なんだ。」

「え?」

春夏冬さんがてへへと笑っている

(なんでマネージャーやってるの~)


***

夜、家に着くと人命救助の話を聞くために真帆に電話してみる…

『あ~そんなこともあったあった。真帆覚えてる?いつだっけ?』

「中3の夏休みかな、美桜の家族と一緒にキャンプ行ったときだったと思う。」

『懐かしいね~』

と言う答えが返って来た。

俺は、今日有ったことと、感謝を美桜に伝えた。

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