第9話魔王妃教団

 立候補者たちが席に着いた瞬間、国王ネイルは重い声で口を開いた。


「では……もう一つの話をしよう。

魔王の妻——魔王妃。その存在を崇拝する集団、魔王妃教団だ」


 会場の空気が一気に凍りつく。


「ただの宗教団体ではない。

やつらは《聖魔書》という書を携え、そこに記された“魔王妃の再臨”を果たすため暗躍している。

その頂点に立つ六人、六魔聖教。もとは人間――しかし堕天し魔に堕ちた者どもだ。

騎士も冒険者も、遭遇すれば可能な限り討伐せよ」


 そう告げると、ネイルは突然ふらつくように立ち上がり、そのまま退席した。


 招集は終了したが、残された冒険者たちはざわつき、言葉を失っていた。


「……帰るか」

レインが呟く。


「ええ、そうしましょ」

クレアの声は落ち着いていたが、指先がかすかに震えていた。


 冒険者たちは王都の外へと出ていく。



 一方その頃。

控え室——。


「ネイル様、先程のご発言……本気で国王の座を降りられるおつもりですか?」

兵士が怯えた声で尋ねる。


 国王ネイルはぎょろりと目を見開いた。

焦点の定まらない瞳、口角の歪んだ笑み。


「良いではないか……。新たな世代に譲るのも……悪くはない……ふふ……」


 その声は、先ほどの国王の声とは別人のようだった。



 舞台裏では王位候補4名がそれぞれ立ち上がろうとしていた。


「さて、僕はそろそろ失礼しようかな」

アヴァロンが歩き出すと、アシスタが鋭い声で呼び止めた。


「待ちなさい。アヴァロン・ビロード。

あなたは不思議に思わないの?

国王が何の前触れもなく退位を宣言したことを」


リルムも腕を組んでうなる。

「アタシも気になってたけどさ……まあ別に、王が誰でも生活変わんねぇし?」


アヴァロンは微笑み、肩をすくめた。


「どうでもいいでしょう? 退いたという事実は変えられない。

それで十分です」


 部屋を出るその背中に、不気味な余裕が宿っていた。


扉が閉まる直前、アヴァロンは小さく呟く。


「国王ネイルが退くのは必然なんだよ。」


 その声は誰にも聞こえないほど小さかった。

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