第2話 女神消失

この場所は暗く─


音も無く─


足元は床なのか、水面なのか─


金属の様な水面が少し揺らぎ


漆黒の世界には似つかわしく無い白く美しい女神が佇んでいる─


水がさざめくと そのさざめきの少し上にまるい ぼんやりとした光が発生する。


それが無数に舞い上がり暗い世界を僅かに照らし出す

日本の蛍を彷彿させる様…………


-----ここは魂の回廊


 女神はそれを手で救い上げる。


 それはまるで、人に懐いた蛍がいるようだ。

女神はわずかに微笑み


「そう……大変でした、もう一度おゆきなさい」


 そう言うと光は強さを増し、急ぐように消えた。


 女神はここで人の輪廻を監視している。彼女の判断によって、人は再び輪廻するか、又は、適した存在領域に行くのかを監視している。


「貴方は未だ………」


「とても頑張りましたね……もう少しです」


「あの場所は危険なのに、頑張ったのですね……」


 女神は輪廻の管理だけではなく、この作業を通じて世界のゆがみや、秩序、構成を確認もしているのだ。


 無数に舞い上がる魂を、一つ一つすくい上げるようにしては労いの言葉を優しく呟く。


その声はまるで鈴の音のように……


ここには時間の観念は無く無数の魂を整理するには丁度よい空間なのだ


 ふと、一つの魂を拾い上げる。

女神が声を発するより早くその魂は女神に話しかけた。


「私はとても、幸せでした…」


 それは、言語ではない共通思念、女神の心にスッと入ってくる

初めての事に、女神の動きが止まる。何故だろう・・女神はこの暖かで達観した魂に対し、興味がでてしまったのか動けなくなってしまった。


「ああ、また会いたいなぁ………」


 その魂は無邪気につぶやく……


「これは……想い……願い……」


 女神の中で何かがざわめく

魂の記憶が女神に語りかける、あまりにも無邪気に感謝の念と想いと希望。

そこに働く強い魔力のような……


「あなたは……」


ここで女神ライカは意識を失う。


――――――


女神と天使たちはライカが倒れてしまった空間の修復に追われていた


「エルンスト様、ライカ様の具合はいかがですか?」


天使たちは慌ただしく移動しながらも女神エルンストに声をかける。


「大丈夫よ、今は寝ているわ。」


 天使たちを安心させようと笑顔で答える。


実際には未だ意識はない状態で眠っている状態だ。


 永いあいだ、こんな事は起きていなかった事であるが、全く無かった訳では無いことであった。管理する世界が荒廃して文明が変な方向に向かうと起こることもある神への干渉である。


 しかし、ライカはとても優秀で管理する世界はとても穏やかな世界に移行することが成功している。


 各種族の負の側面を魔族が管理し、持て余す部分をダンジョンに蓄積管理させ負の想念も循環出来る平和な世界が構築されていた。


「可能性が有るとすれば…」


エルンストは神に干渉する禁呪の類を心配していた

ライカの眠っている部屋に入り、ベッドの横の椅子に腰を下ろす。


「…ライカ…」


女神の中でも飛び抜けて容姿が整っているライカの寝顔に見とれてしまう。

美しいだけでなく少し幼さも残る顔立ち、


「もう、ずるいわね……」


エルンストは色々な心配をしながらも、ライカと居る事がちょっと嬉しく思ってしまう。

そんな事を思っている間にライカが目を覚ます。


「あ、エルン」


ライカは子どもの様な笑顔をみせて申し訳無さそうに微笑む、

エルンストは気がつくとライカの頭を撫ぜていたのだ、


「んんっ。ライカ目が覚めた?」


“エルン”と 愛称で呼ばれちょっと恥ずかしそうにエルンストは話を始める。


「コホン。さっそくだけど ライカ、何か特別な魔力や干渉を感じた?これは普通では無い事よ」


女神の意識をこの空間で干渉するなど本来あり得ない。

喋る終わる頃にはエルンストは真剣な顔になって行った


「エルン、私すごく素直な魂に出会ったわ、何か喋ったのだけれど……んー。」


エルンストは次に出る言葉は欲望や憎悪を連想し身をすくめる。


「感謝と想いと希望……それが いっぱいになって…」


記録にある神への干渉出来る禁呪の類のエネルギーとは真反対のものだ。

ライカの話からは禍々しい禁呪の要素は見いだせなかった


「エルン…ねみゅい…」


エルンストはライカの眠そうな声で本調子ではないが解る


「そうか……何か別の要因かな?まぁライカ、少し おやすみなさい」


ライカを安心させる様に軽い感じの適当感のある言葉をかける


「うん。ありがとうエルン」


――――――


 数えきれぬ歳月を共にした同期の女神。

 どれほど長く生きても、こういうことはあるだろう──

 そのときはそう思っていた。


 ライカの居た空間は今、エルンストが処理を行っている

 魂の回廊は、いつになく静かだった。

 通常ならもっと多くの魂が訪れるはずなのに。


「ライカ……本当に優秀ね……この世界はよく出来ているわ……」


感心しつつも、エルンストの表情は曇る。


作り上げた世界の均衡が揺らぐ時、行き過ぎた力が乱用される

禁呪もそのサインの一つで有ると経験則で知っているのだ。


 しかし、その禁呪思われる。


術はどの様に調査をしても悪意と言う物が見受けられない。


 そもそも禁呪なのかも不確かだ


「ふう……」


 声にならないため息。


 このまま放置……していいはずがないか……

 上位の領域にいる神へ、どう報告すべきか――


「エルンスト様!!」


 けたたましく飛ぶ天使や他の女神たちに気がつく


「どうしたの?」


 回廊へ戻ったエルンストは、驚愕する。


「……はぁ?」


 ライカを今までに見たことの無い呪文式が囲っている、


 認識と表現が正しければ、呪文式が育っている様に見えるのだ。

短時間の内に植物の様に成長し、その植物が見たことが無い文字を構成し、立体的に実り、そして種を落として発芽する様に呪文式が織り込まれる。


 同時に幾何学模様の様な霧が成長に合わせて漂う

その霧は時より粘りの有るプラズマの玉のように成ったかと思えば

呪文式の植物の成長のうねりに合わせ、うねり飲み込まれ又、呪文式が育つ。


 その度に全体に激しく光る。光る度にライカの気配が薄くなるきがした。

それを何度も繰り返す。


そんな光景がライカをほとんど見えなくなるほど覆って居るのだ。


 もはや見たことも無く尋常では無い術式に女神たちは放心状態に成ったり、恐怖したり、美しいと祈る者までいる。そう、そこには全ての感情や事象が圧縮されてそこに存在しているかのようだ


「とにかく……ライカを……!」


 エルンストは我にかえり、呪文式の隙間から僅かに見えるライカを救い出そうと近づけば何故か脱力し嘔吐する。


「……うぐぇぇ……」


「女神にゲロ吐かせるなんて……何の冗談よ……!」


 衣に吐瀉物を散らしながら、怒りをにじませる。


 元々武闘派のエルンストは女神の力を行使しライカを助け出そうと渾身の力で近づく。しかし、見事なまでに弾き返され全身を殴打する


「うぐっ……! 空間干渉すら通らないなんて……!」


 それに気がついたライカが微笑む。


「大丈夫よ……エルン……みて■■■み■■■。行き■■■■……」


 ライカが何かを喋って居るが、魔法陣から発せられる音と魔素によって言葉はかき消される


「でも…あぁ…解ったわ…■■■そう次■■昇と神■■しと■■なのね■■■…」


「うん……でも……み■■■■し■■■い■■……」


 ふと、何かに気がついたように明後日の方向を向き見上げる

 そして、ライカの様子が変る、


「……」


 何故だろう不完全性と不安がエルンスト心を支配する



「待って、ライカ。その術は……どうなって……

 それに……」


 制服のように殴打された体を引きずり、近づこうとする


魔力の収束──呪文の終わりが近い。


 仲間の女神たちが震える中、


 ライカだけは祝福される花嫁のような微笑を浮かべていた。


「ありがとう、エルン……」


「え……ライカ……?あなた……誰……?」


 矛盾した言葉をエルンストは言う。

 知っているライカの顔が何故か知らない人の顔に見えたのだ。


 魔法陣は光を放ちながらも蜃気楼のように空間を歪めはじめ、急に引き込まれると感じる瞬間と同時に凄まじい光と爆風を出し、空間ごと消え、震えた。


 物理世界でないこの場所がまるで地震が来たかのように。

 消えた空間に多量の魔素が空間を一気に埋めるように詰まり、また引き込まれる現象が起きる。


 ここで殆どの女神、天使は意識を失う。過去ここまでの禁呪被害は初めてのことであった


 ――――


 禁呪は失敗だった。


 この次元へ肉体のまま干渉するなど、ライカの制御する世界ではそもそも不可能なのだ。

 肉体を贄として術を成す――それは、対をなす存在たちが女神へ嫌がらせとして行う常套の手段でもあった。


 淡く揺らぐ魂がそこにあった。

 消え入りそうなほど弱いのに、驚くほど純粋で、開かれている。


 かすかな囁きが届く。

 それは、少女の残滓のような声だった。



「ごめ■■さい。でも届い■■…」


 ライカの内に、微かな憂いがひろがる。

 柔らかな光となった彼女の声が、魂へ寄り添う。

「こんな術を……■■ね、すごいわ。あなたの名前は……?」


 魂は虚ろに漂う様な雲のように伝えてくる。

「わ■■■サナ■■サナ…■■ル■す」


 ライカはその名の響きの奥に、ほとばしる願いと何か達成感の様なものを感じ取った。

「そう……この魔力の源は、サナの“願い”なのかしら?」


 名を呼ばれた魂は、光を増した。

「最後に、一■会■■■った■■……カーム……」


 未練なのだろうか? それにしては晴れやかなイメージさえ感じさえする

「未完の感情かしら? 安定していないわ。サナが保てない」


 魂は突然、後悔の色を濃くしていく。

「あぁ、なんて事を……ごめんなさい」


 沈黙が落ちる。

 その沈黙を破るように、魂はまた揺れた。

「え?■■■ま■■■いぅ■■ちょ」


 ライカの光が穏やかに揺れ、包み込む。

「繋ぎ■■める■……あなた■■だし■■■が湧■■の」


 サナの光はか細いが、無邪気さや探究心さえ覗かせる。

「彼の■■ま■■そ■に■■」


 ライカは小さく微笑むように光を瞬かせた。

「■■■■いい■■ね……」


「どう■■■」


「ま■■…」


「■■」


「■で■■■■■■」


「■■■■■あ■たい■■■■」


「■■■■■」


 そして最後に、ライカの光が深く静かに揺れた。

「あ■■く想い■■■は……あな■に■■■」


「■■■■■を……」


 本来なら、人は死ぬと肉体に依存しない情報構造体となり、ひたしい魂達とと共に人生を追体験し、気づき、学び、成熟した魂となって女神の回廊へと至る。

 それでも、女神と言葉を交わせるわけではない。

 しかし、この魂は多くの段階を飛び越え、それでいてなお純粋で、ひどく開かれていた。


 

 女神ライカは、ふと何かを思いついたように、術式の綻びを解析しながら紡いでいく。

 本来なら転生という形で魂の消失を繋ぎ止められるはずだったが、行き先がなく、うまく結びつかない。


 

「どうしたら……」


 

 そのとき、ライカはサナの記憶の断片を目にする。

 彼女の周囲を、ふわふわと記憶の欠片が漂い始めた。


 

 ライカは視線でその断片を追い、上下左右に揺れる欠片を睨むようにして読み取っていく。

 ただ、残るあどけなさのせいで、その睨み方は――叱られた子供が親を睨み返しているかのようにも見える。

 それもまた、彼女の愛嬌だった。


 

 記憶には音がない。ただイメージだけが流れ込んでくる。


 

【特殊職業を習得するサナ】

【ソウルラウンダーとして、祖霊と向き合う日々】


 。

 ソウルラウンダーという職業は、唯一、女神の近辺まで干渉できる能力を持つのだ。


 

【愛しい人との出会いと日々】

【禁呪を学ぶ過程】

【愛しい人との別れ】


 

「なるほど……こんな方法で……」


 

【組織が禁呪法の開示を迫る場面】

【捕らえられ、禁呪の強制執行を受けるサナ】

【数名がサナを拉致する光景】


 

「え? どちらかと言えば……」


 

 ライカの表情が歪む。黒く濁った空気が周囲に滲み始める。


 

【威圧された人間の本性】

【“人間のみを至高”とする■■■■】

【道徳…倫理…歴史…伝統…絆…祖霊を破壊しようとする心】


 

「根絶したはずよ……」


 

 絞り出すようなひと言が漏れた。


 

 やがて記憶の断片は見えなくなり、視界はブラックアウトしていく。


 

「私たちが存在する以上……やはり必然なのかしら……」


――――――――


 (報告書:エルンスト/)


 女神ライカがある魂と接触した際、一時的に意識を喪失した。しかし程なく覚醒。

 他の女神や天使たちの報告によれば、療養中は記憶の欠落を思わせる挙動を見せていたが、すぐに通常のライカへと戻ったとのこと。

 なお、この事象は複数回発生していたとされる。


 

 また、一人で会話しているような場面も確認されているが、精霊や祖霊と対話するのは女神にとって珍しいことではない。

 ただし、言語を必要としないはずの存在に向けて言葉らしきものを発していた点が不自然であり、現在調査中である。


 

 禁呪事件(推定)の後、闇属性とも聖属性とも異なる不明の力を、多くの女神が観測している。

 これについても詳細は不明で、調査継続中。

 そもそも、これが本当に禁呪に該当するのかどうかさえ、情報が乏しく判断がつかない。


 

 女神ライカと、禁呪に関わったとされる魂の所在は未だ掴めていない。

 ただし、管理者であるライカの世界は消滅しておらず、ライカ自身が無事であることは確認できる。


 

 また、ライカの管理下の世界で一瞬“世界開闢”の痕跡が見られた。

 現在はその痕は確認できない

 開闢した世界にもう一度開闢がある入れ子構造は女神達では不可能で禁止もされているため。

 緊急に調査を行う予定。


 

 女神エルンストが引き続きライカの世界の代行管理を行っているが、構造が複雑なため簡単に干渉できず、解析に時間を要している。


 

「――と、まぁ、こんな感じかな?」


 

 エルンストは眉間に皺を寄せながら報告書をまとめると、浅く腰掛けていた椅子に深く座り直した。


 

「探し出してあげるわ、ライカ。待っていてね」





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