第3話 非集探領域
ライカはなんとか、禁呪を使った魂と自分を繋ぎ止めることに成功していた。
しかし問題も残る。禁呪を使った魂には欠損が見られ、その欠損部分をライカが“融合する”ような形でつなぎとめているのだ。
このまま手放せば、この魂は輪廻から外れてしまう。
「本当に……無茶なことを……」
欠損してしまった魂は、神には見えなくなる。
神が“見ること”をやめてしまった魂は、世界の狭間をさまよい地獄を作ると言われている。
ライカは何か昔のことを思い出し、苦虫を噛んだような顔をしていた。
それでも、魂がこのようなことになってしまわないようにと……
女神たちと対極にある者の糧になってしまわないようにと……。
勝手に禁呪を使った者の自業自得な部分もある。
だが、それを“無いようにする”のも女神の役割である。
何かに追い詰められ禁呪を使った魂
――サナ…ククルの魂を、ライカはある女神との思い出に重ね合わせていた。
狭間の世界や対極する者の糧にはしたくない。しかし魂の欠損によって、このままでは輪廻から外れようとしている。
女神ライカは魂に自分の一部を分け与えることにした。
そもそも人間(多種族も同じだが)は、実は女神、あるいはその上位の神の“現身”なのだ。
欠損した部分を女神自身が補填してゆく
――部分的な融合。
開闢以来、そんなこともあるのだろうかと、困惑しながらもどこか面白がっている自分がいることに、ライカ自身が驚いていた。
「これも融合の……サナの……?」
女神の権能を使い、魂の器を用意する。
ライカの作った世界のある座標に空間を割り込ませる。その空間には何もなく、“色”という観念すら存在しない。
ライカはその世界で上位の神の真似事をする。
世界に点の光を複数呼び込み、激突させ、質量を発生させ、螺旋を描かせる。
素粒子や中性子、陽子など、すべての“小さい粒”が集まりはじめ、その螺旋は正逆同時に回転し、聖なる幾何学模様が立体に浮かび上がる。
ライカはこの段階で女神の権能を込めていく。
塵、氷、ガス……(永いので以下省略)
一度、世界ごと――星ごと作り、生命誕生のための星を“素材”として作り直す。
「神様、怒るかしら?」
ライカは自分の世界よりも上位の世界でサナに受肉させ、その身体だけを今の自分の世界へと入れた。
「ここまで周波数が違うと、人の目には映らないのね……」
出来上がった体をライカの世界に取り込み、物質の周波数を調整し、多量の情報を押し付けていく。
自分の世界に適合させ、向こうの世界を切り捨てるように空間を閉じる。
そうするとライカの世界の理に従い、空間も植物も物質もすべてが適合していく。
この世界の質量全てが情報の多さに悲鳴を上げていた
もし、その場面を人間が目撃したならば――
人の形をしているような“光の靄”が異様に蠢き、何かが成型されているように見えただろう。
それはこの世に存在しないもののため、この世界の生き物が認知できる情報しか可視化されないからだ。
やがて、この世界になじむころ……サナの自我が保たれ、サナ自身も気づきはじめる。
「え? ここは……?」
清庭職(さやにわしょく) 神託を受ける者)のサナは、死後の世界をそれなりに予想していたはずだったが、あまりの違いに混乱していた。
「あれ? んー。あー。へ?」
祖霊たちから聞いていた死後のイメージとは、まるで違っていたのだ。
「サナ……お話できるかしら?」
ライカがサナに話しかける。
サナ「…………」
意識がさらにはっきりし、書物でしか知らなかった“女神ライカ”と話しているという事実が、五感を超えた“何か”として伝わってくる。
「なぜ……私は? あれ? ここは? すごく暗い? いや、白い? え? 無い?」
人間には認識できない空間のため、そこが漆黒なのか真白なのか判断できるはずもない。
サナは少しパニックになっていた。
「ええ、眼球はまだ出来ていないもの」
ライカの言葉にサナは驚いて声を上げる。
「え?」
ライカもサナの《え?》という驚きに
「ん?」
と、ライカは不思議そうに短く答える
暗闇で姿はわからないが、サナには女神ライカが“いたずらっ子のように微笑んでいる”気がして、少し戸惑う。
「サナ、夢の中だと思ってリラックスして。身体は作成中よ。これから少しの間、一緒にこの体に入ってもらいます」
サナ「ええ? 出来た? 一緒? どういうこと??」
ライカ「まぁ、もう入ってるけど(笑)」
まただ。女神はこんなふうに可愛く笑うのだろうか?
サナは、生前に親戚のお姉さんに可愛い悪戯をされ、ほっこりして二人で爆笑したときのことを思い出していた。
だが同時に、サナは自分が行った“あれ”を思い出し、慌てて口を開く。
「それより私、取り返しのつかないことをしてしまいました。女神様……罰を受ける覚悟はできています」
サナの言葉に、ライカは優しく静かに答えた。
「もう受けているわ。本来、空間の間や思惟回廊を飛ばして転生することが“罰/賞”なの。
まぁ……二元論を超えた、もっと向こう側かしら」
サナは再び常識をひっくり返され、思考が追いつかなくなっていた。
「え? しいぃ? ひしゅう?」
思考停止しそうなサナをよそに、ライカは淡々と続ける。
「せっかく物理的制限から解放されたのに、世界の深層へ統合もできず転生する時点で――罰でもあり、試練でもあり、成長でもあり、希望でもあり、望み、気づき、願い……すべてが織り込まれた“成長の糧”よ」
サナは、脊髄のような“何かの軸”を感じはじめ、意識が何かに引っ張られていくのを感じ、ぼんやりしはじめる。
「でも、転生というより、受肉に近いかな。……そういえばサナ、聞きたいことがあるのだけど」
ライカの問いは、どこか時間がなさそうな気配を帯びていた。
「はい。なんでもお答えします」
「サナの使った禁呪についてなのだけれど……その方法はいったい、“何か”から聞いたのかしら?」
「はい。私、ソウルラウンダーで……」(霊媒師のような者の事)
サナが説明しかけた瞬間、周囲の雰囲気が変わった。
暗闇なのに、薄っすらと“森”のイメージが浮かび上がる。
よく見ると、禁呪と同じように“植物が成長し、種を残し、また成長し”、そこへ金属のようなプラズマが粘度ある液体のように吸い込まれていく。
吸い込まれた部分から枝葉が落ち、落ちた場所からまた禁呪の動きを繰り返す。
それらはやがてトーラスの形を作りはじめていた。
サナは驚き、言葉を失ってしまう。
「え? 禁呪と同じ術式?? でも改造されている?? すごい……これが正解なの??」
そう考えた瞬間――
時間感覚が完全にバグった。
一瞬だったような、十年経ったような、いや百年……?
サナは感覚の混乱に呑まれていく。
「禁呪ではあるけれど……これは禁呪ではなく“進化の種の術式”よ。
あなたの行ったのは“自己を違う場所で再構築する行為”かな?
……少し間違っていたけれど。“行う”ではなく、“成す”なのよ」
そう言って、女神ライカは少し微笑んだ。
しかし、その言葉も表情も、サナにはもう届いていなかった。
「でも……古い祖霊が……」(祖霊:先祖のこと)
――意識が滑り落ちる――
サナはそう感じながら“しがみつこう”としたが、この世界にはその観念すらなく、どうすることもできなかった。
ライカ「あっ……えっと……んー……早かったわね。……あら? そうだったかしら?」
何の感覚もないのに、ライカと自分が“数歩 歩いた”ような気がした。
「よっと……ふう。まぁ、この身体は、よくできたほうかしら?
新しい体でショックが大きいと思うけど、前世の記憶……まだ世界に統合させてないわ。覚えていてね……ほら、サナ、渡すわ」
耳鳴りなのか爆音なのか、そもそも“音”なのかすら理解できない圧が意識を制圧し――
同時に、一気に体の感覚が戻ってくる。
サナは突然、視界が与えられ、キョロキョロと周囲を見回す。
「おじさんと、子どもと、おじいさん……?」
前世のときよりも、視界も、風も、匂いも、感覚も……
すべてが必要以上に敏感に感じられ、情報量の多さに耐えきれず、サナは意識を失って倒れ込んでしまった。
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