4-2
「……ご主人様、そろそろ起きるでありますです」
少し遠くで、アニムスの声がした。
それに、銀磁は暗闇の中、必死に息を吸おうとする。
だが、上手く息が吸えない。肺が空回りしていると言えばいいのか、酸素を体に上手く送ることが出来ない。目も開けられない。
「ゆっくり、ゆっくり呼吸するでありますです。焦らず、一つずつ、神経のスイッチをオンにするように――」
アニムスの優しい声を聞きながら、銀磁はゆっくりと体に神経を通していく。
手足の感覚から、内蔵、骨、筋肉と、体の全てを把握していく。
それからゆっくりと、内臓を、筋肉を起動させていく。
そして。
「……っ、っは、ぁ、っはあぁあ……」
ゆっくりと、銀磁は息を吹き返した。
肺が正常に動き出し、全身に酸素を送る。
完全に体に感覚が戻ると、銀磁はゆっくりと目を開ける。そこは、見たことの無い部屋の中だった。病院などではないようだが。
「ここ……は……」
「隠れ家の一つでありますです」
アニムスの声を聞きながら、ゆっくりと銀磁は体を起こす。自分の体をみると、パンツ一丁だったが……腹に空いていたはずの穴はすっかり綺麗になくなっていた。
そのことに少しだけ安堵しながら、周囲を見渡す。
部屋の中は、夕日が差し込んで、薄暗くややオレンジだった。
そんな部屋の中に、アニムス以外の人影が一つ。
「……エヌ」
「お久しぶり……というほどでもないですね。銀磁さん」
やや暗い表情ながら、エヌは頭を下げる。なんでエヌがここに、と銀磁が疑問を抱いていると、エヌの代わりにアニムスが答えてくれた。
「財団Aに研究成果の報告を終えたあと、開発者様の指示でワタシたちが倒れて居た場所に来たらしいでありますです。その後、ワタシのメインボディ復旧修理を手伝ってもらい、ご主人様の再生作業も手伝ってもらったのでありますです」
「……再生、って……」
「ご主人様、『死亡保険』に入っているでありますですよね? かなり高額の」
「あ、ああ。あったなそんなの」
給料の十五パーセントを天引きされるという恐ろしい保険だ。引かれる額が額なので、流石に銀磁もちゃんと覚えている。
「ご主人様は契約書を読んでもよくわかっていなかったようでありますですが、あれは死亡後十二時間以内で死体のパーツが十分に残っている場合に、特殊な再生治療を施すための保険なのでありますです。一回の再生にかかる費用などが馬鹿にならないので、財団Aの組織内でもあまり入っている人間は居ないでありますですが」
そう言ってアニムスがちらりと視線を向けた部屋の端には、大仰な機械や空になった薬剤の容器がいくつか並んでいた。おそらく、あれを使って銀磁のことを蘇生したのだろう。
「入っててよかった死亡保険、ってか? ……所長に入れさせられたんだよなぁ」
いずれこんな時が来ると思っていたのだろうかと、感謝すればいいのか恐れればいいのかわからない気分で、銀磁は後頭部を掻いた。
エヌが来たのもそうだ。おそらくエヌが来なかったら、十二時間の蘇生のタイムリミットは過ぎていただろう。
一体、どれだけ物事のタイミングを理解しているのか。
気にはなったが、今は所長の事よりも考えるべきことがある。もちろん、アニマのことだ。
「アニムス、アニマはどうなった?」
「連れ去られたでありますです。特に暴行された痕跡はなかったでありますですが……おそらくエネルギーを体から吸いだされて、そのまま連れて行かれたのだろうと推測するでありますです」
魂が中途半端なアニマ相手にだからこそ出来る技だろう。もしもアニマの魂が完全で、能力に対抗できていたら……と思うと、銀磁の心の内で後悔がわずかに疼いた。
それを押し殺しながら、さらに問う。
「場所はわかるか?」
「一応、いくつか発信機は付けておいたでありますですが……エネルギー吸収のせいでありますですね、きっと。全部ダメになっているようでありますです」
「手詰まりか……? 足を使って探す、にしてもなんの手がかりもないんじゃな……」
銀磁が頭を抱えて唸ると、エヌがそっと、控えめに手を挙げた。
「そのことなんですが……所長さんから、おそらくアニマさんが運び込まれたであろう、幹部『デビル』の拠点の場所を教えられてきました」
エヌの言葉に、銀磁とアニムスは目を見開いて顔を見合わせた。
信じられない、とお互いの顔に書いてある。
「あの所長、未来人かなにかじゃないだろうな? 先読みしすぎだろう」
「ワタシもちょっと疑わしく思うでありますですが……なんにせよ、今はありがたいでありますです。こちらが失態を犯すことを予想していたのは少々腹立たしくもありますですが」
「けど、正直ありがたいぜ。アニムス、現在時刻は? あれからどれくらい時間が経ってる?」
「襲われたのは午前二時頃、現在時刻は午後五時でありますです。だいたい十五時間経っているでありますです」
「まだ、五日守れって言う所長の指示は終わってないってことだな。ならやっぱり、やるしかないな」
言いながら銀磁は帽子を押さえる仕草をして、それから今自分が帽子を被っていないことに気付いた。
締まらないなと自嘲しながら、エヌとアニムスに向かって言う。
「とりあえず服着るか。アニムス、出してくれ」
「いつもの服と、回収した帽子でいいでありますですか?」
「ああ、頼む」
「了解でありますです。【開錠】」
アニムスが【開錠】で開いた空間の中から、服を取り出し渡してくれる。それを受けとりながら、銀磁はエヌの方に視線を向けた。
「それじゃ、エヌ、着替えている間にエヌの知っている情報を教えてくれ。それから――アニマを助けるための作戦を立てるぞ」
真剣な銀磁の言葉に、エヌとアニムスもまた、真剣な表情で頷く。
そんな二人のことを頼もしく思いながら、銀磁は窓の外を睨みつけ、強気な声音で言った。
「オレたちは取り立て屋だ。勝手に持って行かれたものは、きっちり取り立ててやらないとな」
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