4th day『襲撃のM/魂なきA』

4-1


 誰かと夢の中で会っていた気がする。

けど、目覚めとともにそんな記憶はどこかへ消えてしまった。



「……ご主人様、ご主人様、起きてくださいでありますです」


 至近距離でささやくアニムスの声に、銀磁はすぐに目を覚ましてベッドの上で体を起こした。

 場所は、隠れ家の一つである二階建ての一軒家。その、二階の一室にあるベッドの上だ。

 ベッドが三つ並んでいて、窓側からアニムス、アニマ、銀磁という順で横になっていた。アニムスに本来ベッドは必要ないのだが、アニマの護衛のために一緒にベッドを使っていた。

 銀磁が体を起こしても、アニマはまだ目覚めない。そのことを確認しながら、銀磁は素早く寝間着用のシャツとスラックスからいつものスーツに着替えつつ、アニムスの話を聞く。


「明確にこちらに接近する人影を、サブ機が一つ感知したでありますです」


 アニムスは睡眠――というなの充電モード――を必要とする構造だが、眠っている最中もサブ機を稼働させて周辺を警戒している。そのサブ機が、敵らしきものを検知したのだろう。


「単騎なのが少々怪しいと言うか……もしかしたらただの散歩なのでは、と一瞬思ったのでありますですが」


「違うのか?」


 銀磁がネクタイを締めてベストを羽織りながら尋ねると、アニムスは暗闇の中で頷く。


「周辺警戒していたサブ機が突然エネルギー切れを起こしたでありますです。人間の技とは思えないでありますですよ」


「なるほど。アニマを起こすか?」


「眠らせておくでありますです。場所だけ変えてあげますです」


「了解。じゃあ、まずはお姫様を隠そうか」


 銀磁は帽子をかぶると、アニマを優しく抱っこして、ついでに枕元においてあったルービックキューブを手に取り、そのまま一階へ下りた。

 それから、外からは見えない小さな隠し部屋の中にある簡易ベッドにアニマを寝かせる。枕元には、お守り代わりのルービックキューブを置いて。

 しかし、流石にアニマも抱きかかえられて移動させられたら目が覚めてしまったらしい。


「う……ん……? ギンジぃ……?」


「悪い、起こしたかアニマ。大丈夫、ちょっとベッドの場所を変えただけだから。そのまま眠っていてくれ」


「うん……ほんとぉ……?」


「本当だよ。じゃ、また後でな」


 アニマの頭を撫でて、しっかりとバレないように扉を閉める。常夜灯はついているし、センサーで電気も自動的に付くようになっているから、もしもアニマが目覚めても真っ暗で脅えるようなことはないだろう。

 そんなことを思いながら、銀磁は耳に小型のインカムをつけて、二階にいるであろうアニムスと連絡をとった。


「アニムス、オレは一階で待ち構える。お前は上から頼む」


『了解でありますです。目標はなお接近中。外での迎撃を行うでありますですか?』


「いや、万が一目撃者が出ると面倒だろう。玄関近くで迎える」


『了解でありますです。では、こちらもあまり証拠が残らない武器で迎えうつでありますです』


 耳元で、ガチャン、となにやら重い金属の音がした。【開錠】で取り出した武器をアニムスが装備したのだろう。

 その音を頼もしく思いながら、銀磁も【疑似磁力・シルバ】を強く発動させる。周囲に銀の粉をまき散らしながら、銀磁はゆっくりと家の玄関を開けて、外に出た。


『家の前の大きい方の道を直進してきているでありますです』


 銀磁たちの一軒家は、道路と、売りに出されている雑草だらけの土地に囲まれており、隣に隣接する家が無い。さらに、広く庭のスペースがとられており、その周囲は柵で囲われている。柵は木製に見える塗装をしてあるが防弾素材だ。

 家の周囲には道が二本。

 家の前には大きい道、家の横には小道。

 そのうちの大きい方の道路を、家の外に出た銀磁は、柵に身を隠しながらこっそりと覗き見た。


「……居るな……」


 肉眼で、襲撃者らしき人影を確認する。

 細身なシルエット。だが、その胸の大きなふくらみから女性であると認識できる。

 ときおり街灯に照らされるその姿は、はっきり言って美人だった。スタイルは所長並だが、顔は所長と違いアジア系の色が強い。

 光を吸いこむ様な真っ黒なストレート・ヘアを腰まで伸ばし、同じく真っ黒なドレスを着た女は、獰猛な笑みを浮かべて銀磁の方へ近づいてくる。

 もう、銀磁に気付いている。


『気づかれているようでありますですね』


「アニムスの方もか」


『ご主人様との距離、百を切ったでありますです』


「覚悟を決めるとするぜ……仕掛けるぞ、アニムス。あれは遠目にも一般人じゃねぇ」


『了解でありますです』


 アニムスの返事を聞いて、銀磁は即座に柵の影から勢いよく身を飛びださせた。

 同時に、【疑似磁力・銀】の銀粉を周囲にまき散らす。

 それを見た『敵』は、くつくつと可笑しそうに笑いを漏らした。


「なるほどねぇ。そりゃあこの程度のやつにしてやられたんじゃあ、あたしが出て完膚なきまでに叩きのめしてやろうっていう発想にもなるわよねぇ。ああ、器が小さいったらありゃしないわねぇ、ウチのボスは」


「どこのどちらさんか知らないが、やる気がないなら帰ってくれると嬉しいんだけどな? 女性に手をあげるのはあまりかっこよくないんでね」


 銀磁は茶化すように言いながら、着実に銀粉の散布範囲を広げていく。すでに相手は銀磁の【疑似磁力・銀】の範囲内だ。服を脱いでるわけでもなし、地面と服を【疑似磁力】で引き合わせれば、一発で取り押さえられる。

 服を破ろうとするかもしれないが、隙が出来ればアニムスが意識を奪う手段を多様に用意しているから、対応に隙はない。


 とにもかくにも初手が重要だ。

 そう思いながら、銀磁は時間を稼ぐように声を投げかける。


「美人となればなおさらだ。お引き取り願いたいね」


「まぁ、最強であるあたしはもちろん美人でしょうねぇ。そこの認識はとても正しいわ、褒めてあげる。――けど」


 女は、ゆっくりと右手を掲げた。

 その動作に、銀磁は咄嗟に【銀】を発動させ、女を地面に縫い付けようとした――が。


(発動しない!?)


 能力の手ごたえがないことに、内心で焦り声をあげる。二度、三度と試すもなにも発動しない。

 否――女から少し離れた場所の【銀】自体は正しく発動している。能力が発動していないわけではないのだ。

 だが。

 さっき銀粉として放ったはずの【銀】のエネルギーが、女の周囲には欠片も見当たらない。

 そんな銀磁の戸惑いを見透かした様子で、女は右手を振り上げて。


「――現状認識は家畜以下ねぇ? 殺処分決定ねぇ?」


「……ちぃっ!?」


 舌打ちしながらも銀磁の目は、ギリギリで女の動きを捉えていた。

 振りかぶった腕を振り下ろしながら、恐ろしい速度で銀磁の立っているところまでやってきて、腕を薙ぎ払う。

 単純な動きだが、避けた瞬間肌で感じた風圧は人間の放てるものではない。

 銀磁は咄嗟に柵と自分を【銀】で引き寄せた判断を自分で内心褒めつつ、アニムスに指示を飛ばす。


「撃てアニムス! 出せるだけ出しちまえ!」


『りょう……かいっ! 全弾発射でありますです!』


 二階から飛行ユニットを装着したアニムスが飛び出す。そして空中で、小型ミサイルと、高出力レーザーを複数、同時に女に向かって発射した。

 ミサイルの方はおそらく威力がほとんどないものなのだろう。女の周囲で軽い音を立てて爆発すると、目くらましに大量の煙をまき散らす。

 そしてその後ろから、レーザーが迫り、女の胴を打ち抜く……ことはなかった。


「温いわねぇ、この程度のエネルギーじゃ、満足できないわ?」


 女の体に当たる前に、レーザーの光は散り散りになって女の体に『吸収』される。

 エネルギーを吸っている。そう、銀磁は直感的に女の能力を判断した。


「アニムス! 相手はエネルギーを吸って攻撃を無力化してる!」


『エネルギーを? まさか……その女は、『デビル』の』


「せいかーい♪」


 軽やかで楽しげな声が響いた瞬間、女は腕の一振り、その風圧によって煙を払った。エネルギーを吸収する能力はもちろんだが、その膂力も人間を、改造人間である銀磁ですらもはるかに上回っているのがわかる。

 死を覚悟した銀磁だったが、意外にも女は銀磁の視界から消えた。

 代わりに、アニムスの眼前に、女は移動して。


「ご褒美に、上半身と下半身を分割してあげるわねぇ?」


「逃げっ……! ぎん……じぃい――っ!?」


「アニムスッ!?」


 銀磁の名を呼ぶ悲鳴とともに、アニムスの体が胴体から横に割られる。ガシャガシャとい音を立てて、アニムスだったものは空中から地面に落ちて転がった。

 その目からは光が失せ、動くことはない。


「まずは一人。……いいえ、ロボットだから『一つ』かしらねぇ?」


「こな……くそ!」


 アニムスの残骸に遅れて地面に着地した女に向かって、銀磁は【疑似磁力・銀】の反発エネルギーを用いて一気に距離を詰めた。

 女はおそらく【エネルギー吸収】の力を持っている。だが、効果範囲はそう広くは無いように思えた。

 ならば戦い様で勝機はあるはずだと、アニムスの残骸を横目に、銀磁は格闘戦を仕掛ける。


「せぁああ――っ!」


 まず、銀磁は懐から取り出したナイフで切りかかった。だが、効果はなし。純粋に肌を切り破れない。改造人間にはよくあることなのですぐにナイフは投げ捨てる。

 続いて、素手での攻撃。

 人間の体内からならエネルギーは奪えないはずだと思い、【銀】の力は使わず、改造された肉体の全力を以て殴り掛かったのだが。


「んん~……効かないわねぇ?」


 腹で銀磁の拳を受け止めた女は、けろりとした顔をしていた。


「判前銀磁。あなた、能力を除いたら、それなりに肉体を改造しただけの人間なんでしょう? 能力併用した状態ならまだしも、ただの改造人間の拳『ごとき』であたしを傷つけようなんてねぇ――百万年早いのよ!」


 女の強烈なローキック。

 左足をへしおり、右足の骨にヒビをいれたそのローキックを受けて、銀磁は柵に向かって勢いよく吹き飛ばされた。

【銀】の反発や引力を使ってどうにかぶつかる勢いは弱めたものの、立ち上がることは出来ない。


 痛みで頭の芯までずきずきとしてくる。

 それでもどうにか立ち上がらなければと、銀磁は【疑似磁力・銀】で足の骨をもとの位置に固定した。だが、痛みで立ち上がるのは無理だ。

 仕方なく、周囲の物体に与えた引力で自分の体を引き寄せさせようとしたが――それより早く、近づいてきた女が、銀磁の腹を押さえつける。


 同時に、銀磁の操る周囲の【疑似磁力・銀】のエネルギーが吸われて無効化されるのがわかった。

 もう、打つ手はない。

 それを、銀磁も、女も理解して――その上で女は、楽しげな笑みを浮かべた。


「さっきは良くもあたしのお腹を殴ってくれたわねぇ? 女の腹を殴るなんて最低の男だと思わないかしら」


「さぁ……な。あんたが女か……ちょっと怪しいと思うぜ、オレは……」


「失礼ねぇ。こんなに最強で美しいのに。まぁ、いいわ。最後にあなたの腹に一発お返しをしてから、究極生命体を運び出すとしましょうか」


 対して不満そうな様子もなく、淡々と言う女に、銀磁は尋ねる。


「あに……まを……どうする、つもりだ……?」


「アニマ? ああ、そういえば名前つけているんだってねぇ。その気持ちは理解できるわ。至高であるものにはやっぱり名前がないと」


「どうするかと……聞いてる」


「うるさいわねぇ……悪いようにはしないんじゃないかしら? ヘタに弄ってダメにしたら大目玉どころの話ではないでしょうし。どこの派閥の手に渡っても大体VIP待遇でしょうねぇ。……ああ、でも」


 にまぁ、と。

 その日初めての、ひどく邪悪な笑みを女は浮かべた。


「あたしとどっちが最強かどうかは、比べさせてもらわないと困るわねぇ? その証明をするために、わざわざ面倒くさい作業をしに来てあげたんだから」


「さい……きょう……?」


「ええ、そうよ。冥途の土産に教えてあげる。――あたしの名前は『モルス』。あらゆるものに死を与える、最強の生物として作られた、強くて美しい生命体」


「そうか……よ!」


 銀磁は最後の悪あがきと【疑似磁力・銀】を起動させた。

 付近のエネルギーは完全に吸い取られて機能していないが、女――モルスから離れた場所にあるエネルギーはまだ生きているのがどうにか感じられたからだ。

 周囲にばらまいた【銀】が動いていない分制御は難しいが、防衛手段として用意されていた装置を起動させるくらいは出来る。

 モルスに向かって、銀磁たちがさっきまで隠れていた家から矢のようなものが飛んでくる。


 それ以外にも、銀磁は礫などを女に向かって能力で飛ばしてみたが……モルスはうっとおしそうにするだけだった。

 運動エネルギーが吸収された矢や礫は、モルスにたどり着く前に地面に落ちる。モルスよりもむしろ銀磁の体の方が汚れる始末だった。


「ちょっと、汚いわね。矢はともかく石はやめなさいよ――っと、危ない。ドレスに着くところだった」


 と。

 不意に、モルスは胸元に飛んできた石を手で払った。何故手で払ったのか気になった銀磁だったが、その疑問を解くより先に女が動く。


「飽きたわ。殺すわね」


 冷めた表情を浮かべたモルスが、ゆっくりと、銀磁の腹に押し当てていた足を持ち上げる。


「あたしの姿を最後に脳に刻んで逝きなさい? 光栄なことだと歓喜して――ねぇ!」


「――――か、ぁ」


 モルスが勢いよく下ろした足が、銀磁の腹を貫通する。それを、銀磁はほとんど声も出せずに受け止めた。

 腹膜が音を立てて弾ける。内臓が破裂する。踏み抜きの余波で折れた肋骨が肺に突き刺さる。背骨が踏み砕かれ、鋼鉄のヒールがコンクリートをえぐる。

 痛み、どころではない。頭の中の回路がショートして、機能しなくなるような感覚。


 口から、鼻から血が逆流して、視界がどんどん狭まっていく。喉を逆流しているのは血だけでなく内臓の欠片なのが感覚的にわかった。

 なにも見えなくなっていく。

 なにも感じなくなっていく。

 そのことに、苦しみながらも銀磁は特にこれと言った感想は無かった。ああ、死ぬな、という事実を事実として受け止める心があるだけ。


 ただ、最後に、一言だけ。


 ――ギンジ、とアニマに名前を呼ばれた気がして、それだけは心残りだった。


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