2-4


「ざっと確認しただけでも五人ほど銃器を持ちこんでいる人間が駅構内に居たでありますです」


 改札を通り、駅のホームに降りてすぐ、アニムスがそんなことを言った。

 やっぱりか、と思いながら、銀磁は思案顔で帽子のツバを指先でなぞる。


「……先に手、打っとくか? 車内だと面倒事になりかねないだろ」


「流石に財団Aの構成員や契約先は、一般人の前で武力行使等行った場合には即座に首切り(ガチ)が実行される契約を交わしているのでバレるようなことはしないはずでありますです」


「首切り(ガチ)ってなんだよっ?」


「普通に首落として処刑って意味でありますですよ?」


「そんな契約させられてんのか……やべーな」


 銀磁も一応『あまり人前で人間離れしたことや殺人などを行わないように』という旨を言いつけられてはいるものの、破ったら即殺されると言うことはない。

 おそらくではあるが、銀磁の頭の具合(あまりよくない)を鑑みて、所長がある程度そのあたりを調整してくれたのだろうと銀磁は思っている。

 多少人前で粗相をしたとこおで、ちょっと給料が減らされるくらいだ。『ちょっと』の額がとんでもなくはあるが。


「けど、それなら確かに人目があるところで襲ってくることはない……か?」


 新幹線のチケットは普通車指定席。周りの席は埋まっていたとアニムスから聞いている。

 周りに人が居れば、それだけでかなり安全が確保されるはずだ。それはアニムスも理解している様子で、銀磁の言葉に小さく頷く。


「新幹線の中は人目があるでありますですから。ま、降りたところをうっかり襲撃されたなんてことが無いように気を付けるでありますです。あとトイレとか」


「結局、問題はアニマから目を離さないようにするってことか……つっても、お前はいい子だから、勝手にどっかに行ったりしなさそうで気が楽だけどな」


「いいこ? いいこ?」


 首を傾げ、自分を指さすアニマ。それに、銀磁はくしゃくしゃとその頭を撫でてやった。

 柔らかく、細い髪の毛の感触が心地いい。


「おう、いい子だぜ、アニマ。しばらくじっとしてなきゃいけなくなるけど、大人しくしてたらもっといい子だ」


「もっといいこ。……もっと褒める?」


「ああ。だから大人しくしてろよ」


「ん」


 ふんすと、少しだけ気合を入れなおした様子で鼻息を吐くアニマ。ただ、銀磁が適当に撫で繰り回したせいで髪は乱れてしまっていて、それを見たアニムスは『あーあー』と呆れた声を漏らしながらアニマの後ろにしゃがみこむ。


「ご主人様、アニマ様の頭を撫で回すにしても、髪が乱れないようにするくらいの気遣いはするでありますです」


「悪いな、どこかの誰かさんがよく邪魔するんで女に縁がないんだよ」


「童貞丸出しの雑な撫で方を人のせいにしないでほしいでありますですな」


「ちょっと髪の撫で方雑だっただけでそこまで言うかこのポンコツはよぉ!?」


「はいはい、ほら、アニマ様。髪をセットするでありますですよ。女にモテたいくせに女性の扱いがなっていない男に髪を乱されて災難だったでありますです」


 散々なことを言いながらアニマの髪を直すアニムスに、銀磁はそれ以上なにか言葉を返すのを止めて帽子を少し深くかぶり直し、ちょっと泣いた。

 そんなことを話している間に、新幹線がやってくる。

 それなりの勢いで駅内に侵入してきた新幹線を見て、アニマは驚いた様子でため息を漏らした。


「おっきい……これが新幹線。動く家みたい」


「実際、全車両合わせたら大抵の一軒家よりスペースはあるだろう。けど、中に乗ったら一人一席だからな。他の席に移動したり、とかしたらダメだぞ」


 わかった、と頷くアニマ。それを見て銀磁も満足そうに頷くと、隣に立っていたアニムスがなんとも言えない生ぬるい表情で銀磁の方を見つめてきた。


「意外とご主人様はいい父親になりそうでありますです」


「意外とは余計……でもないか。オレも自分が意外と子供に優しいんだなって思い知ってるところだ」


 究極生命体であるとはいえ、アニマの姿は子供そのものだ。

 姿だけでなく、その精神性も、ほとんど子供そのものと言っていいだろう。佐志博士がインプットしたのか、知識はそれなりにあるようだが、それも実物を知らないせいか完璧とは言い難い。

 アニマは、究極生命体と言うにはどこか不完全に見える。

 だが、そんな銀磁の感想をひっくり返すようなことをアニムスは言った。


「ご主人様の反応を見ていると、究極生命体であるはずのアニマがなぜ子供の姿なのか、少しだけわかる気がするでありますです。正常な人間であれば、子供を無理やりどうこうしようと言うのは良心が痛むでありますですから」


「子供の姿なのは、自分を保護させるためってことか?」


「その可能性もあると思うでありますです。単純に未発達なだけ、というのももちろん考えられるでありますですが」


「あとは佐志博士の趣味……とか?」


「ありえるでありますですな」


 銀磁の冗談に、ふ、とアニムスが笑いをこぼしていると、進入防止の扉が開き、新幹線に入れるようになる。


「とりあえず乗るか。行くぞ、アニマ」


「うん、ギンジ」


 アニマが銀磁と手をつないでくる。アニマの小さな手を握り返していると、アニムスが半眼を向けてきていることに気づき、なにが言いたいかなんとなく察した銀磁は睨み返した。


「んだよ、アニムス」


「顔がにやけているでありますですよ、ご主人様。やはりご主人様はロリコン……」


「ちがうからな? にやけてるわけじゃないからな? 微笑ましいと思ってるだけだからな?」


「失礼、不審者フェイスなのはいつものことでありますですね」


「本っ当に失礼だなこのポンコツは! いいから早く乗るぞ!」


 銀磁は憤慨しつつも新幹線の中へ。

 後ろに誰も並んでいない時点でなんとなく察しはついていたが、車両に乗り込むのは銀磁たちしか居ないようだった。

 銀磁が一人で、アニマとアニムスが二人で、それぞれ車両中央付近の席に座ってからも、誰も乗り込んでこない。

 そのことに、一番最初に不思議そうに声を漏らしたのはアニマだった。


「人、居ない? さっきまで、いっぱい居たのに」


「隣の車両の列には人が並んでたから、所長が気を利かせてこのあたりの席全部とったとかじゃないか? 時間的には元々そこまで利用客が多い時間じゃないだろうし――って、いや、人がいた方が相手は手出ししにくいこと、所長がわからないはずないか……?」


 自分で言った言葉をすぐに自分で否定し、やや気を張る銀磁。アニムスは怪訝な表情でアニマを庇うようにしながら扉の方に意識を向けた。


「その通りでありますです、ご主人様。開発者様がその程度のことを予想しないはずがない」


「と、いうことは――」


 銀磁は帽子を押さえながら、アニムスが意識を向けるのとは反対の、車両入口のドアに視線を向けた。ほぼ同時、新幹線が発車する。

 そして。


「――罠にかかっちまった、ってところかな?」


 銀磁が呟くと同時、扉が乱暴に明け放たれる、

 そして、武装し、顔を隠した人間が数名、車両内に乗り込んできたのだった。


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