2-5


「動くな! 少しでも動けば撃つ!」


「……ぷぶっふっ」


 銃を構えた男たちの一人が放ったセリフに、銀磁は思わずその場で噴き出した。

 瞬間、銀磁の耳を狙って飛来する銃弾。だが当然、銀磁はそれを見切り、首を軽く傾けてそれを避けた。

 銀の雪は、まだ舞わない。する必要もない。

 この程度の相手ならば策にハメられようが問題ないと、銀磁は余裕の様子で、アニマを不安がらせないよう努めて明るい声で言い返した。


「おいおい、ベタなセリフにベタな反応しておいて、それで笑うなって方が無理な話だろ。耳だけねらった腕は認めるが、センスはなさすぎだ」


 軽口への返答に、もう一発銃弾が飛んできた。今度は足元を狙っている。

 流石に跳弾してアニマに当たったなどとあっては困る。銀磁はこっそりと自身の『力』を使って銃弾を床に『留めて』おいたが、乗り込んできた武装集団は誰一人としてそのことに気付いていないようだった。


 その時点で、こいつらに自分たちを抑え込むことは無理だろうと、銀磁は完全に舐め腐った態度をとることを心に決めた。

 一方、そんな銀磁の余裕なんていざ知らず、襲撃者は銃口を向け脅しをかける。


「そんな無駄口を叩けるとは、余裕だな。取り立て屋風情が」


「逆にお前らがなんでそこまで偉そうな口利けるのかオレにはわからねーよ。取り立て屋、なんて仕事してるオレらが弱いと思ってんなら、頭ハッピーすぎてますます笑えるぜ」


 銀磁が帽子を押さえてくつくつと笑いを漏らすと、銃を構えた男たちの一人が早まって一歩前に出る。


「ボス、こんなやつとっとと始末しましょう」


「待て、下手に死人を出すと後処理が面倒だ」


 一番最初に話しかけてきたリーダー格の男が部下を抑える。またもベタなやりとりに銀磁はもうその場で腹を抱えて笑い転げたいくらいだったが、不安げなアニマを抱えたアニムスが呆れた調子で声をかけてきた。


「ご主人様、アニマがいることを忘れてはいけないでありますです」


「わかってる、わかってる。教育上悪いことは出来ないってことくらいな。ここはかっこよく決めていかないと」


 舐め腐った態度をとろうと決めていた銀磁が、態度を改めようとしているとアニムスは短くため息をつく、


「かっこよく無くてもいいでありますですが、ぱっぱと片付けるでありますです。――よしよし、アニマ、この頭の悪いお兄さんたちはすぐにノータリンご主人様が片付けますから、何も心配しなくていいでありますですよ」


『誰が頭が悪いお兄さんだ!?』


「抑えろお前ら! 抑え――抑えろっつってるだろうが!? 言うこと聞け馬鹿共!」


 アニムスの言葉に激昂する男たち、それを抑えるリーダー、笑いをこらえる銀磁。自分も馬鹿にされたのだが、いつものことなので気にしない。

 車内は混沌とし始めてきていたが、どうにかこうにか武装集団のリーダーは仲間たちを御して、一度咳払いすると話を本筋に戻した。


「ごほん。こちらの用件はただ一つ。次の駅で究極生命体を引き渡してもらう」


「あ、アニマがアニムスにくっついたまま寝た。今さっきまでちょっと不安そうな顔してたのに。寝かしつけるの上手いなぁ」


「ワタシのおっぱいを枕にしているでありますですね。羨ましいでありますですか? ご主人様」


「う、羨ましくない……ぜ? 本当に」


「人の話を聞け! お前ら状況わかってんのか!」


 アニムスにあやされて寝付いたアニマを見て銀磁が和んでいたら、敵のリーダーに怒られた。

 仕方なく、銀磁は席から立ち上がって、話を聞く態度をとる。


「はいはい、わかったから静かにしてくれ。アニマが眠ってるんだから」


「あ、防音モード発動中なので音は気にしなくていいでありますですよ、ご主人様。しかし戦闘の手伝いは出来ないのでそこはお任せするでありますです」


「あ、そ。――それで? 用件を聞こうか」


「だから! そこにいる究極生命体を渡してもらうと言っている! これは決定事項だ!」


「知らないな。オレは上司から、四日間アニマを守ってくれって言われているんでね。アンタが財団Aのどこの部署の人間かは知らないが、オレの上司の命令じゃない限りは聞けない話だ。わかるだろ?」


 リーダー格の男の言葉に、銀磁はため息交じりに応える。

 すると、リーダーの男は部下に合図をして、銃口の全てを銀磁へと向けた。

 そして余裕のある様子で、銀磁に語りかける。


「そんな強がりは止めたほうがいい。お前の能力は、数日前にお前と交戦したという『運び屋』の男から聞き出している」


「……ん? 運び屋? おいアニムス、あの運び屋は紐なしバンジーを楽しんでもらってから記憶消して送り返さなかったか? なんでオレの能力覚えてるんだよ」


 銀磁はアニムスに尋ねたが、アニムスはアニマを寝かしつけ続けるのに集中していて答えてくれなかった。防音効果とやらは銀磁も対象に入っているようだ。

 代わりに、敵のリーダーが答えてくれる。


「財団Aでよく使われる記憶消去措置は、強烈な催眠のようなものだ。脳細胞を破壊して記憶を物理的に消しているわけではないから、やろうと思えば情報を引き出すことは出来る」


「なるほど。知らなかったなそいつは。それで? 聞き出したオレの能力はなんだって?」


「【磁力】、だろう? お前の能力は。『運び屋』の証言から、そう推論した。そしてだからこそ……ここにおびき寄せたんだ」


「新幹線なら、下手に磁力を扱うような力は使えないはずだ――って?」


 その通り、と言わんばかりに、リーダーの男は深く頷く。


「磁石程度ならそれは問題ないだろうな。だが、聞いた話が確かならお前の力は広範囲に巨大な発電機にでも使われているような磁石と同レベルの磁力を発生させていることになる。そんな力を新幹線内で使ったらどうなるか……」


「――五十点」


 リーダーの男の話を聞いた銀磁は、はっきりとした声で点数をつけた、リーダーの男の推論に。

 それを聞いたリーダーの男は、は? と間の抜けた声を出す。


「違うとでも?」


「磁力っていう目の付け所は悪くないな。けど、五十点、オレは大学行ってねーけど、大学なら赤点なんだっけ? ちなみにウチの高校はあんま頭良くなかったから赤点は常時三十点未満からだったんだけど。あれって地域によって差とかあるのかね?」


「……ふざけた話をしている状況だとでも?」


 リーダーの男がますます苛立ちを隠せない様子で、銃口をわざとらしく揺らす。

 その、なんの威嚇にもなっていない行為に、銀磁はわずかにあくびを漏らしながら

言葉を付け足した。


「概ね合ってるが致命的に足りていない、そんなところだよお前の目の付け所は。シャープとまでは言い難い」


「なら、なんだっていうんだっ?」


「答えは行動で示そうか。それが格好いい男ってものだ――撃って来いよ。答えを確かめる勇気があるなら。その気がないなら今すぐこの車両から出ていくんだな」


 銀磁が指を立てて挑発すると、リーダーよりも先に背後の部下たちの我慢が限界に達したのが伝わってきた。

 リーダーが止める間もなく、全員が銃の引き金に指をかける。

 だが、銀磁は慌てない。

 仕掛けは既に済んでいる、常に、どんな時でも、銀磁の『仕込み』は行われているのだから。

 だから銀磁は慌てず、命じる。

 自分自身に、力の行使を命ずる。必要はないが、そこはそれ。

 言葉にした方が、こういうものは『かっこいい』から。


「――悪さの時間だ、【シルバ】!」

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