2-3


 朝食を食べ、ホテルを出た後。

 銀磁たちは昨日も来た駅までやってきていた。

 それなりの都市だけあって、駅前は人通りが多い。サラリーマンはもちろん、学生や、私服の人間も多く居る。

 それらの人の波を見て、アニマは不思議そうに目を輝かせていた。


「ギンジ……人が」


 アニマが、銀磁の袖を引く。それに、銀磁は視線だけやって応えた。


「アニマはこれだけ人間が居る所に来るのは初めてになるのか。大丈夫か? 具合悪くなったりとかしたら、早めに言えよ」


「悪くはない……けど、すごい。なんか、すごい。いっぱい。こんなに居るなんて、へん」


「オレたちが住んでるところはもっと人が居るぞ。と言っても、都心に比べるとそこまででもないけどな」


 銀磁の言葉を聞いているのか居ないのか。

 アニマは人の波に翻弄される様にきょろきょろと視線をさまよわせている。


「すごい……多くて、くらくらする……」


「おいおい、大丈夫か? おんぶするか?」


「うん……」


 アニマはどうやら人の多さに酔ってしまったらしい。今までエヌを始めとした、精々十数人の人間としか顔を合わせたことがなかっただろうから、当然だろう。

 まして、エヌやその姉妹と違って、普通の人間は皆顔が違うのだ。服装も。足音一つとっても違う。

 何もかも違う。一人一人、『個性』がある。

 そのことに、アニマが戸惑うのは無理ないことだろうと銀磁は思いながら、アニマを背負った。

 それを見て、少し後ろを歩きながら周囲を警戒していたアニムスが隣に並ぶ。


「ご主人様、アニマ様をおんぶしているなら、ワタシがチケットを交換してくるでりますです」


「そうだな。頼む、アニムス。オレはその辺の人の流れがないところまでアニマを運んで一緒に休んでるから」


「了解でありますです。アニマ様にちょっかいかけられないよう、厳重警戒でありますですよ?」


「わかってるよ。盗られるようなことはしない」


 銀磁に釘をさしてから、アニムスは窓口の方へと走って行った。

 ……ホバー走行で。


「あれ浮いてるんだけど周囲からはどう見えてるんだ……?」


 カモフラージュ機能とやらがどこまで働いているのか不思議に思いながら、銀磁はアニマを背負って人の流れが無い駅の端の方へと向かう。

 途中で飲み物も買ってから、適当な場所に座り込み、アニマもその場に下ろした。


「悪いなアニマ。椅子もなにもないが、そのまま座ってくれ。ほら、ジュース」


「じゅーす。……飲み物?」


「そ、飲み物。昨日も牛タン食った時に飲んだだろ? 甘い奴」


「入れ物が違うよ?」


「そういうもんだよ。少し水分とって落ち着こうな」


 と、言ってから、銀磁は究極生命体に対して自分はどんな気遣いしてるんだろうなぁ、と妙な気分になった。

 財団A内部で派閥争いが起こってしまうほどの存在。それに対して人酔いの心配をしている自分がなにやらおかしく思えてくる。

 別に、水分補給なんてして一休みしなくても、この少女は別にダメージなんてないだろうに。

 とはいえ――


「……ま。子供とはいえ女性に気を遣わないのは格好悪いか」


 自身の行動原理と照らし合わせれば、自分の行動が間違っているとは思えない。

 銀磁が呟いていると、少し気分がよくなった様子でアニマが銀磁のことを見上げてきた。それに、銀磁は『なんでもない』と手を軽く振りながら、周囲に視線をやる。

 アニムスはまだ戻ってこない。

 だが、アニムスとは違う視線が、銀磁たちの方に向いているのを薄々勘付いていた。


「んー……」


 帽子を軽く押さえながら、銀磁はこちらを捉えている視線の数を数えた。

 だが、正確な数までは把握できない。こちらが勘付いたことに気付いたものもいるらしく、むしろ感じる視線の数は減った。

 だが、諦めたようには感じない。おそらく、新幹線に乗り込んだタイミングで銀磁たちに対して仕掛けてくるだろう。

 そのことを考えると、自然と銀磁はため息を吐いてしまう。


「やれやれ、面倒な帰り道になりそうだ」


 ため息を隠すように格好つけると、アニマがやはり不思議そうに首をかしげていた。


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