2-2

 銀磁たちが昨晩泊まったのは、朝食付き一泊約二万円弱の安ホテルだった。

 値段が安い分部屋は狭い。一人用の銀磁の部屋なんかはベッドだけで部屋がいっぱいになっており、かろうじて小さなテーブルとイス、それから小さな冷蔵庫が入っているくらいだ。


 アニムスたちの部屋は銀磁の部屋よりも多少は広かったが、それでも似たり寄ったり。

 アニムスとアニマは、一人用の部屋に二人で泊まっている。交渉して料金は一・五人分でどうにかしてもらった。二人用の部屋が空いていなかったが、二人が離れるわけにもいかなかったからだ。


 三人用の部屋が空いていたから銀磁的にはそっちでもよかったのだが、アニムスに断固拒否された。

 ロボだが心があるので異性と同じ部屋なのは精神的に負荷がかかるから――とか、なんとか。

 その言い分を思い出すたび、銀磁は『俺にたびたび所長からの命令でエロイことしようとしてなかったか』という言葉が頭をよぎるのだが、口には出さない。

 機械のアニムスに口で勝てることがないであろうことは、大体理解している。


「あいつもまぁ面倒くさいロボというか……見た目以外はロボの気がしないというか……今更だけど改造人間じゃねぇよな、オレと同じで……?」


 ぶつぶつと呟きながら、銀磁は目当ての部屋の前に到着する。

 それから、昨晩アニムスが(勝手に)複製した合鍵で鍵をあけて、素早く中に入り後ろ手に扉を閉めようとして。


「おーい、アニムス、所長から連絡が――」


 そこで。

 銀磁はほぼ全裸のアニムスとアニマを見た。


 部屋が狭いせいだろう、二人はドアの目前の狭い空きスペースで着替えをしていたようだった。

 ぎぃ、とさびれた音を立てて背後で締まるドアの音をやけに大きく感じながら、銀磁は思わずアニムスとアニマの姿を詳細に目に刻み付けてしまう。

 アニムスは――胴体の中ほどから下はほぼ機械だが、その豊かな胸と顔は完璧に人間のそれだ。彫刻のように精緻な作り物は、男の欲情を掻きたてる形状をしている。目が離せない。

 一方アニマは、未成熟な少女そのもの。女性的な魅力を含んだ、余分なものが一切無い妖精の可憐さを感じさせる。こちらは別の意味で目が離せない。目を離したら消えてしまいそうなはかなさを感じさせた。

 そんな二人の足元に散らばるのは色とりどりの服だ。おそらくアニムスが貯蔵していた服だろう。

 研究所からアニマの着ていた服は簡単なもので、少々飾り気に欠ける。気を遣って似合う服を身繕い、着替えさせようとしていたのだろう。


 状況は理解できた。

 銀磁は脳裏にしっかりと半裸が焼き付いてしまった今、意味があるのだろうかと自問自答しつつも帽子でゆっくりと目元を覆うと、どう猛な野生生物を前にしたように、刺激を与えないようゆっくりと後退する。


「――悪い、ノックくらいすべきだったな」


「……天誅でありますです!」


 しかし後ろ手に開きかけたドアから外に出るより先に、とんでもない勢いでアニムスの機械の腕が伸長し、その鋼の拳が銀磁に襲い掛かった。

 声を出す暇も受け身をとる暇もなく、銀磁の胸のど真ん中に叩き込まれるアニムスの拳。

 しかしその瞬間、『銀色の粉』が銀磁の体から噴出した。

 そして、さっき閉めたはずの扉が勢いよく開き、銀磁の体はドアにぶつかって衝撃を殺してから廊下へ吹っ飛んでいく。

 廊下をゴロゴロと転がってから壁にぶつかって止まった銀磁は、せき込みながらアニムスを睨んだ。


「けほっ、けほっ……このポンコツなにすんだ! オレじゃなかったら死んでたぞ!」


「死なないとわかっているから殴ったのでありますです。一般人なら今ので肺が破裂および胸部複雑骨折、もしくは体を貫通していてもおかしくないでありますです」


「おそろしいものを容赦なく叩きこむの止めてくれないっ?」


 汚物を見る目を銀磁に向けながら、アニムスはメイド服もどきを着こみ、アニマにはとりあえずとぶかぶかのシャツを着させた。それから、廊下に倒れた銀磁を手招きする。


「とりあえず入るでありますです、ご主人様。騒ぎになる前に」


「そう思うなら殴るなよ」


 どの口が言うのかと抗議の目を向ける銀磁だったが、アニムスは知らん顔だった。


「ワタシには心がありますですから。セクハラには心を鬼にして対処する方針でありますです。以前記憶したマニュアルにも『ラッキースケベには鉄拳をお見舞いすべし』と書いてあったのでありますです」


「多分鉄拳ってそういう意味じゃない。お前の鉄拳はシャレにならないやつだからそのマニュアル上の意味とは絶対に違う!」


 文句を言いながらも、銀磁は部屋に入り、再び後ろ手に鍵を閉める。幸いにも、今の騒ぎで他の部屋から人が出てくる様子はなかった。どうやら防音はしっかりしているらしい。

 部屋に入った銀磁は、床に散らばる服と、その上にぺたんと座り込むアニマを見る。


「それにしても、よくこんなに服持ってたな」


「開発者様の昔着ていた服らしいでありますです。何か役に立つかもしれないからとワタシの【開錠】の中に収めていたでありますです」


「体のいい押し付けじゃないかそれ?」


「今こうして役立っているのでありますですよ。開発者様の慧眼でありますです」


 とりあえず、と、アニムスは床に散らばっていた服の一着を手に取る。

 それから、残りは【開錠】で開けた空間の中へ投げ込んだ。


「ご主人様は少しシャワー室に閉じこもっているでありますです。着替えてしまうでありますです」


「わかったよ。早くしてくれ、話があるんだから」


 今しがた鉄拳を喰らったのだ、二度も裸を見る気はない。

 銀磁は狭いシャワー室にこもって、着替えを待つ。

 それから五分ほどして。


「いいでありますですよー」


「ようやくか……お?」


 アニムスの許可を得て銀磁が外に出ると、そこには着替えたアニマが待っていた。


「ゴスロリ……ってやつか? またベタというか……」


 アニマが着ていたのは、黒を基調としたゴスロリ服。とはいえロリータ要素は抑え目で、フリルなどは少なく全体的に落ち着いた雰囲気を漂わせている。

 銀髪と真逆の色味は、意外にもアニマによく似合っていた。


「けど、いいな。可愛いぞ、アニマ」


「かわいい……アニマ、可愛い?」


「ああ、可愛いぞ」


 アニマの頭を撫でてやると、アニマは無表情のままくすぐったそうに身をよじった。

 その横で、アニムスがカメラを構えて、銀磁の方を面倒くさそうに見ている。


「ほら、どくでありますです、ロリコンご主人様」


「誰がロリコンだ。というかカメラ? なんで?」


「開発者様から預かった服でありますですから、しっかり利用したという報告をした方がいいと思うのでありますです。さ、アニマ様、こちらを向いてくださいでありますです」


「こう?」


 アニマがアニムスの方を向くと、アニムスはものすごい速度でいろんな方向から写真を撮った。それを見て、銀磁は思わずアニムスに呆れた表情を向けた。


「ロリコンはどちらかと言えばアニムスだろ……」


「失礼な。ワタシはただ開発者様に教えられたことを実行しているだけでありますです。つまり、『カワイイは愛でろ』ということでありますです」


「左様で。じゃあ、写真撮りながらでいいから聞け。所長から連絡があった。今日を含めて四日間、アニマを守っていてほしいって話だ。ひとまず土地勘がない場所じゃ限界があるだろうから、地元の方に帰るぞ」


「了解でありますです。では、朝食を食べてすぐに出るでありますです」


「ああ。アニマもいいか?」


「うん……わたしもいく。アニムスと、ギンジと、いく」


 自分の意志で小さく頷いたアニマに、銀磁は少しずつアニマが自我を得ているのを感じ、口元を緩めたのだった。

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