二日目 その2 動き出すための最初の壁
昼下がりの購買部は、いつもよりざわめいていた。
テーブルの上には帳簿や伝票が散乱し、中心に立つのは青年トネス。
眼鏡をずらしながら、いつになく熱を帯びた声で言い放った。
「結局さ、俺たちが“ちゃんとやってるつもり”で止まってたんじゃないのか? “形式の沼”に溺れて本質を見失うって、こういうことなんだろ!」
その一言に、周囲が一瞬静まり返る。
最初は他人事のように聞いていた職員たちも、
次第に各自の机や手元の作業を思い出したように顔をしかめ始めた。
「納期遅れが出たとき、原因を外に探してたのは確かに……自分たちかもしれない」
「いやでも、現場のほうが急な変更を――」
「それを確認せずに“仕方ない”で済ませたのも俺たちだろ」
「しかし、トネス。わが購買部の伝統のやり方は、すべての事案に対して洗練されたものだぞ」
年長の調達係が声を張る。
「出た、伝統……」リズは小声でつぶやく。
「まぁ、見てなさい」
トネスは息を整え、真っすぐに言葉を返した。
「現実にミスは起きている。これは揺るぎない事実なんだ。
いまさら何が悪いとか、悪者探しをしている場合じゃない。
面倒だからと抜いた手順もあったかもしれない。
今からでも遅くはない、取り返そう――信頼を」
その声は熱を帯び、まっすぐに響いた。
理屈ではなく、胸の奥に火を灯すような迫力があった。
年長の調達係は思わず息をのむ。
若造の勢いと切り捨てるには、あまりに真っ直ぐな言葉だった。
その眼差しに、長年の習慣に埋もれていた“誇り”が、ほんのわずかに疼いた。
「……むう、抜いた手順といえば、前任者が……」
言い合いではなく、ようやく“話し合い”になっていた。
アリシアは、リズと並んで棚の脇に立ちながらその様子を見守る。
「ようやく火がつきましたわね」
「教授の“困らせタイム”にしては、悪くない展開ね」
リズが腕を組んで頷くと、アリシアはふっと笑った。
議論の輪が熱を帯びていくのを見届けたところで、アリシアは一歩前に出る。
「さて、まとまったところで――」
すっと声を通すと、場の視線が一斉にこちらへ向いた。
アリシアは胸の前で手を組み、柔らかな微笑を浮かべる。
「問題点を整理いたしましょう。
いま皆さまの中で共有された“違和感”、それこそが改善の糸口ですわ」
その落ち着いた声に、さっきまで言葉をぶつけ合っていた職員たちも、
自然と姿勢を正した。
――教授があのとき言っていた。
「君はまだ“アタリマエ”に毒されておらん」と。
その意味を、少しだけ理解できた気がした。
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