二日目 その1 改革の第一歩は、敵を作らないこと

 翌朝、わたくしは日の出とともに購買部へ向かった。

 教授の研究室の扉には、昨夜書いたメモを挟んでおく。

 ――『教授へ:購買部の現状を確認中。成果が出たら報告します。アリシア』

 扉の向こうからは返事も物音もない。たぶんまだ寝ている。

 あるいは、徹夜で別の羽ペンの書き心地を検証しているのだろう。


(……“困らせタイム”返し、ですわね。今日はわたくしの番。)


 購買部に入ると、昨日のトネスが既に帳簿を抱えて立っていた。

 わたくしの姿を見るなり、少し眉を上げる。


「アリシア嬢、朝から来るとは思わなかったよ。」

「改善計画を立てるには、まず“現状の整理”からですわ。」


 わたくしはノートを開き、昨日まとめた問題点を読み上げる。


「発注記録の不備、在庫棚のラベリングなし、依頼内容の口頭伝達――これらはすべて“仕組みの欠如”が原因です。まずは、何から手をつけるべきか優先順位を決めましょう。」


「優先順位、ねぇ……どれも大事そうだが。」

「重要度と緊急度で分けますわ。」

 わたくしは机の上に四分割した紙を広げる。

 左上に「すぐ改善すべき」、右上に「長期的改善」、左下に「放置可能」、右下に「検討必要」と書き込む。


「この“発注記録の不備”は、緊急で重大。教授に影響が出ています。

 棚のラベルは重要ですが、即日対応は難しいので次点。

 それから――」


 わたくしは視線を購買部の職員たちに向けた。

 皆、少し距離をとりながらこちらを見ている。

 リズがその様子に気づき、耳打ちしてくる。


「ねえ、なんか……微妙に空気が重くない?」

「そうですわね。どうかしましたの?」

 わたくしは声をかけると、職員の一人が気まずそうに口を開いた。


「えっと、その……俺たち、改善とかには手を出さない方がいいんじゃないかって話してて……」

「理由をお聞かせください。」

「いや、教授の“弟子”が来るって聞いて、勝手に動いて怒られるのも怖いし……。それに、俺たちは今のやり方で何とか回ってるんで……。」


(“何とか回ってる”――教授が一番嫌う言葉ですわね。)


 リズが腕を組んでため息をつく。

「アリシア、どうする?」

「まずは、“敵”を作らないことですわ。」

 わたくしは柔らかく笑い、机の上の紙をくるりと回して見せた。


「皆さんに“改善を命じる”つもりはありませんの。

 ただ、“一緒に整理する”だけ。どこに問題があるか、一緒に見つけたいのですわ。」


 数人の職員が顔を見合わせる。

 それでも、まだ決断しかねているようだ。


「……人手を出すか出さないか、午前中にもう一度話し合おう。」

 トネスがそう言って、場の空気を締めた。


 わたくしはうなずき、静かにノートを閉じる。

(いいですわ。時間はかかっても、根から変えていきますの。)


 陽の光が差し込み始めた購買部で、

 わたくしの“品質改革”はようやく一歩目を踏み出した。

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