一日目 その3 仕組みがないという仕組み
わたくしたちはトネスから帳簿を受け取り、注文伝票の流れを確認した。
一見、整理されているように見えた購買部だが、よく見ると――手順がまるで体系化されていない。
「発注って、どうやってるんですの?」
わたくしの問いに、トネスは苦笑しながら答えた。
「えっと……教授とか先生方から口頭で“頼む”って言われたら、それをメモして、あとでまとめて商会に持ってくんだよ。数が多いと混乱するから、まとめて一括注文にしてる。そうだよな。」
彼は後ろの職員たちに確認を取る。
「……それ、発注書は一枚ですの?」
「そう。一括で。“羽ペン、紙、試薬”ってね。」
わたくしは額を押さえた。
口頭依頼、まとめ注文、仕様未記載――。
教授が聞いたら、間違いなく机を叩く案件だ。
「それでは、教授が“グリュム鳥”を頼んでも、別の先生が“セリュファル鳥”を頼んだ場合、混ざりますわ。」
「でも、種類の違いなんて、みんな気にしてないし……」
「教授は気にしますわ。」
「だろうねぇ……」
トネスが苦笑混じりに肩をすくめた。
(教授の言う“再現性”とは、結果だけでなく、工程を正しく繰り返せる仕組みのこと。
ここには……その仕組みが存在していない。)
わたくしは棚の奥を見渡しながら、次々と問題点を書き出していく。
『発注ルート不明確。仕様未記載。依頼者確認なし。分類基準不在。』
『手順が“人任せ”であり、“仕組み任せ”になっていない。』
ペンが止まらない。
頭の中では、すでに改善案が組み上がり始めていた。
「アリシア、顔が怖いよ。」
リズが呆れたように言う。
「……あら、そんなことありませんわ。ただ、想像以上に問題だらけなだけですの。」
「教授の困らせタイム、過去最大じゃない?」
「まさか。これも“品質向上の機会”ですわ。」
「出た、また教授語録……。」
二人で顔を見合わせて笑った、その瞬間――。
窓の外が赤く染まっていることに気づいた。
購買部の人たちは、すでにほとんど帰っている。
「えっ……もう夕方?」
「うそ、昼ごはん食べてないじゃん!」
「完全に“調査没頭モード”でしたわね……。」
お腹がぐぅと鳴る。
購買部の空気が、途端に静まり返った。
「とりあえず、食べに行こうか。」
「ええ、教授への報告は明日でも遅くありませんわ。」
「うんうん、教授もたぶんまだ羽ペンに文句言ってるし。」
わたくしたちは顔を見合わせて苦笑し、購買部を後にした。
その手には、改善メモがぎっしりと詰まったノートが一冊。
――このときのわたくしは、まだ知らなかった。
これが“購買部改革”と呼ばれる、長い戦いの始まりになることを。
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