第2話 極光、光と影を纏う

ギルドは思った以上に迅速な対応を見せた。

翌朝にはギルドからの使いが“極光”の二人を呼びに宿を訪れ、二人は使いに連れられ、ギルドへと向かった。


ギルドに入ると、正面の受付台に向かう通路の両脇に職員がずらりと並んでいる。ギルド内の他の冒険者達もその様子に興味津々だ。


受付を囲うように両側に設置されている半螺旋を描く階段の先、受付の中央の階上、そこには白髪から歳を感じるものの、それでもまだ筋骨隆々な肉体を持つギルドマスターが厳かに仁王立ちしていた。


「なんなんだ、この状況?」

「ついに来たのよ、この時が」


状況に追いつけないシルヴァを諭すように、また、期待に満ちた声音でアリアは答える。

シルヴァはその答えを聞いてもわかっていない顔だ。


すると、ギルドマスターがギルド内に響き渡る程の声で話し始めた。


「“極光”のアリア・ヴィルミリアとシルヴァ・ノクティス。君たちの功績は、このヴァリエの歴史においても特筆すべきものだ」


前日のワイバーン制圧の功績を評価をしているのだろう。


「そうでしょうね。なんて言ったって被害ゼロだもの」


シルヴァにしか聞こえないようにアリアはボソリと呟く。


ギルドマスターは街中で流れ始めたシルヴァに関する『獣憑き』の噂も耳にしているはずだが、それを一顧だにせず、重々しく告げた。


「今回の件をもって、君たちを神鋼級として認定する。おめでとう、最上位の座に就いたのは、このヴァリエでは実に五年ぶりの快挙だ」


その言葉に合わせるようにギルド職員が認定証となる神鋼級冒険者のネームプレートを持って二人へと歩み寄る。

アリアは歓喜ではなく、強い意志を込めた瞳でその紫紺に煌めくプレートを受け取った。

周囲からは賞賛と祝福の歓声が上がる。


「感謝するわ、ギルマス。でも、これはただの始まりよ」


彼女の隣で驚きの顔を見せながら同じくプレートを受け取るシルヴァは、アリアの言葉に静かに頷いた。

彼にとってはランク称号など意味を持たない。しかし、アリアが望み、アリアと共に掴んだ栄光であり、主が目指したスタートラインだ。

その事実に、シルヴァは密かに拳を握りしめる。


「ちょっと待った! その男は獣憑きだぞ!」

「そうだ! 牙が生えたのを見たぞ! ふざけるな!」

「そんな奴らに神鋼級は相応しくない!」


祝福の空気を遮るように、怒号が響き渡った。

その声に周囲もざわつき始める。

それをおさめるように、ギルドマスターが声を発した。


「ふむ……獣憑き。シルヴァ・ノクティス、君は獣憑きなのか?」


ギルドマスターのその声には疑念があるわけではなく、ただ事実の確認を行いたい周囲の想いを代弁しているかのようだった。


「お、俺は……」


自分の存在に自信を持てないシルヴァは、ギルドマスターの問いに言い澱んだ。


「待ってギルマス!」

「静粛に、アリア嬢。私は彼に聞いている」

「くっ」


アリアの瞳が怒りで鋭さを増していく。

シルヴァは後悔した。

自分が蔑まれることは気にしないものの、こうしてアリアが神鋼級になる場面で妨害されている。

妨害のきっかけは、そばにいる自分であり、シルヴァにとってそれが何より苦しいものであった。


しかし、だからといって負けるわけにはいかない。

アリアが獣憑きではないと、そう信じてくれているのだから。


「俺は、獣憑きじゃない」


真っ直ぐな瞳で、シルヴァはギルドマスターを見上げた。


「獣人を喰ったことは?」

「そんなことは断じてない」

「牙が生えたというのは?」

「それは……本当だ」

「それでも“獣憑き”ではないと、何か証明はできるか?」

「……できない。しかし、俺の主に誓って断言する」


その誓いの言葉は、ギルドマスターをはじめ、シルヴァをよく知る冒険者達やギルド職員にとっては最も効果的だった。

それで納得できるのは一部の人間だけだったが、場の空気が僅かに変わる。


「アリア・ヴィルミリア、主人の君から何かあるか?」


ギルドマスターはこうなることをわかっていたかのように、アリアの発言を許可する。

発言を許されたアリアは待ってましたと言わんばかりに大衆を振り返ると、声を張り上げた。


「信じられないというのなら、シルヴァのこの力が“獣憑きの呪い”ではなく、“神獣の試練”であることを、この私が、“極光”の私達が証明して見せるわ!」


「神獣の試練……?」


突然出てきたその言葉に周りの者達も顔を見合わせている。

シルヴァも声には出さなかったが初耳だとアリアを見つめる。


「この試練を乗り越えた時、シルヴァは神獣の加護を得る。その力は災厄の魔物ですら討ち倒すものよ!」


にわかには信じがたいその言葉。

しかし、場の空気は完全に変わっていた。


その様子に、ギルドマスターは“極光”の二人に沙汰を言い渡す。


「ならば試練を乗り越え、その加護を得ることを期待しよう。“極光”を神鋼級とする。それは変わらない。しかし、誰もが認める力を見せつけてみよ」

「ふん、誰に言っているのかよく考えることね。すぐにわからせてあげるわ」


これまで大衆の前では控えてきた傲岸不遜なアリアにシルヴァは慌て始める。


「おい、リア」

「いいのよ。舐められたらたまったもんじゃないわ。特にシルヴァを悪く言うあんた達! あとから尻尾振ってきたって遅いわよ! 後悔させてあげるわ! ほら、あなたも!」

「こ、後悔させてやるぜ」


その“極光”のチグハグな啖呵に、ギルドマスターも、周囲の職員も、シルヴァを知る冒険者達も、頬を緩めて満足気な表情を浮かべていた。




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