第1話 神鋼級に挑む者達

冒険者で栄える街、ヴァリエ。

人、獣人、ドワーフ、そしてエルフ、あらゆる種族が集うこの世界では珍しい街。


そんな街の冒険者ギルドの依頼板の前は熱気にあふれ、誰も彼もが報酬と名声を求めて騒いでいる。

その喧騒の中、一際目立つ二人が立っていた。


「来るのが遅かったわシルヴァ。残り物のこの遺跡調査の依頼は割に合わないわね」


透き通るような金髪を持つ美しきエルフ――アリア・ヴィルミリアが依頼書を指で弾く。魔力と魔法に長ける稀少なハイエルフである彼女は、数年のうちにこのヴァリエで幻鋼級という上から二つ目となる高位の称号を得た。


彼女の碧眼には、かつて一人旅をしていた頃の傲慢さが影を潜め、今は知性と強い意志が宿っている。

彼女の隣に立つのは銀髪翠眼の青年、シルヴァ・ノクティス。


「そうだな、時間がかかる割に報酬が少なすぎる。でも好きだろ? 俺はいいぜ、お前が行きたいなら」


シルヴァは砕けた口調で答える。翠色の瞳は穏やかで、その表情は親友と話すかのようだ。彼の装いは軽鎧で、腰に剣を佩く姿は、アリアのパートナーかつ従者として街では知られている。


故に周囲の冒険者たちは、彼らの親密なやり取りに慣れていた。

そして誰もが知っていた。シルヴァがアリアに抱く感情は、単なる友人や護衛のそれを超えた、絶対的な忠誠であると。


「遺跡と言われるとね……どれくらい昔のものなのかっていうのは気になるわ」

「魔物から魔石でも出れば報酬がわりにもなるんだし、いいんじゃないか?」

「あまり時間はかけたくないのだけど……私たちは早く神鋼級に昇格しなければならない。最上位のランクこそ、行方知れずの仲間たちに私の存在を知らせるための――」


その時、地鳴りのような悲鳴が街全体を揺るがした。


「ワイバーンだ! ワイバーンが群れで上空を!」


誰かのその声に、冒険者達はギルドから飛び出して顔を上げ、空を見上げる。十数体の巨大な影が、街に向けて急降下してくるところだった。その数はヴァリエに甚大な被害を齎すものとしては十分であり、ヴァリエの青空を危機に染めた。


「おぅおぅ。こりゃデカい獲物だ」


シルヴァは一瞬で表情を引き締めると、腰の剣に手をかける。


「行くわよ、シルヴァ! 願ってもないチャンスだわ! 一体たりとも他の冒険者に獲られちゃダメよ!」


アリアの碧眼に強い光が宿った。

彼女の狙いはワイバーンの討伐数と、その功績で得られる神鋼級への昇格推薦のきっかけ、そして何より圧倒的な名声だった。


「わかった、わかった。相変わらずだな、我が主は」


シルヴァは苦笑しつつ、剣を抜く。周囲の冒険者たちは十数体のワイバーンに怯えながらも迎撃の準備を始めていたが、迷いのない分、アリア達は彼らよりも遥かに早かった。


アリアは屋台の屋根から家屋の屋根へと跳ねては中央広場にある時計台のテラスまで跳び上がった。


「私が上を撃ち落とす! 下は任せるわよ!」


シルヴァにそう檄を飛ばすと、アリアは魔力の収束を始めた。

彼女の周囲の空間が軋み、白金の髪が逆立つ。


「御意。 あんまり張り切りすぎんなよ」


シルヴァはアリアの檄に答えると、一瞬で人々の間を駆け抜け、剣を構えた。彼は正面から来るワイバーンから放たれた魔力を含んだブレスを上空に弾くと、一気に距離を詰め、正確な剣術と常人離れした膂力でその首を跳ね飛ばす。

その姿を視界に収め、アリアの口元が緩む。

上空を見上げ、不敵に宣戦布告する。


「さぁ、後悔の準備はいい? する暇なんて、与えないけど」


そして清らかな声で紡がれる詠唱が、街の空気に響き渡った。


「――世界を廻る螺旋の奔流よ、我が手に集い、彼のもの達の刻を断て! 蒼刻・水天撃滅ハイドロ・グリフ!」


詠唱の完成と共に、アリアの目の前に無数の水球が均等な距離で美しい円を形作った。その水球の一つ一つが濃密な魔力を凝縮し、次々に鋭い水の矢へと変化し、光の速度もかくやという程に飛んでいく。

放たれた十数本の蒼い魔光は、上空のワイバーン群目掛けて一斉に飛翔した。ブレスを吐く暇もなく、ワイバーンの首筋が同時に正確に貫かれ、その巨体が次々と制御を失い、地上へ落下していく。


「す、すげぇ…… 聖鋼級のパーティが複数は必要と言われるワイバーンを瞬殺しやがった!」


街を守る兵士や他の冒険者たちは、その規格外の力に度肝を抜かれた。これが幻鋼級かと、そして誰が言い出したかはわからないが、誰もが認める通り名"極光”を持つ者達なのだと。


と、同時に、


「って潰されるぞ! 逃げろおおおおお!」

上空から首なしワイバーンが落ちてくる異様な光景に兵士や冒険者達は叫び、逃げ惑う。

その様子にアリアも事態を呑み込む。


「あ、やばっ――大地を拒め! 重力制御グラヴィタスコントロール!」


落下するワイバーンの死体は次々と街の屋根や広場の手前で目に見えない壁に阻まれるように、落下速度を失いながらゆっくりと地面に落ちていく。

アリアの魔法で群れの大半は脱落したが、後方に控えていたのかリーダー格の巨大なワイバーンが一体、その隙を突いてアリア目掛けて突進してきた。アリアは重力制御の魔法を発動しているために防御魔法を展開する余裕がない。


「リア!」


アリアの危機を察知し、シルヴァは交戦中だったワイバーンを即座に斬り捨てると瞬時に彼女に迫るワイバーンに向けて駆けた。


「このままじゃ……間に合わねぇ!」


シルヴァの翠色の瞳が一瞬だけ、恐ろしいほどに輝く黄金色に染まる。


ワイバーンの凶悪な顎がアリアの目前に迫ったその時、剣を捨てたシルヴァが高速でアリアのいるテラスの手すりに跳び移る。


同時に彼の腕は筋肉の膨張により血管が浮き上がり、口元からは僅かに鋭い牙が見えた。


「させねぇよ!!」


目の前にはワイバーンの頭。

シルヴァは雄叫びと共に、その拳でワイバーンの額を打ち、巨体を地面に叩きつけた。


ワイバーンは苦悶の声すら上げることなく、広場の石畳の地面を抉り、沈黙した。


「ぐっ……あぁ……うぐぁっ」


叩きつけたワイバーンの上に落下したシルヴァを、激痛と意識の混濁が襲う。限界を超える力を無理やり引き出した代償だ。

そこにアリアが急いで駆け寄ってくる。


「ばかっ。張り切りすぎはどっちよ」


そう言って、シルヴァの口に指を突っ込んだ。


「はぁ……はぁ……お前が……逃げないからだろ」


アリアの指を咥えながら、少しずつ意識を取り戻すシルヴァがアリアを睨みながら苦言を呈す。


「だって、防御魔法に切り替えたら街に被害が出ちゃうし――」

「それでも! お前に何かあったら――」

「わかってたもん! シルヴァが来てくれるって! だからあのままでよかったの! うるさいな!」


シルヴァの口から指を引き抜き、アリアは怒ったように立ち上がる。


「ほら、見なさい。大成功よ」


不敵に美しい笑みを浮かべ、シルヴァに周囲を見ろと目で促す。

シルヴァが半身を起こしながら周囲を見渡すと、二人を囲うように、勝利の歓声が沸き起こった。


しかし、その熱狂の中に、異質な囁きが混じっていることにアリアは気づく。


「な、見たかよ今の…」

「ああ、一瞬目が金色に光った気が……それに牙も」

「あいつ、『獣憑き』じゃないのか」

「それって御伽噺だろ? 実在するのか?」


歓声は二人の手柄を称えるものでありながら、その声の視線はシルヴァと、彼が一瞬見せた異常な力に集中していた。

特にシルヴァがワイバーンを殴りつけひび割れた広場の石畳が、その力の異様さを雄弁に物語っている。


アリアの耳に届いたのは、あらゆる人種族に最も忌み嫌われる言葉――獣憑き。

力なき人族が獣人を喰い、その力を奪い取る忌まわしい存在だと一部界隈で信じられている言葉であり、それは御伽噺に登場するものとして世に浸透している。


シルヴァはその囁きと視線に慣れきったように無反応で、どちらかと言えば勝利の歓声に意識が向いているようだった。


アリアは碧眼に冷たい光を宿した視線を一瞬だけ、その囁きを発した集団に向けた。それだけで、彼女は公衆の面前で己の従者を侮辱する者たちへの不快感を何とか制御した。

シルヴァに静かに手を貸すと、彼を立たせる。


「行きましょう、シルヴァ。やるべきことはまだ残っているわ」

「あ、あぁ」


中央広場の歓声に手を挙げて応えながら、二人はギルドに向けて戻り始める。

群衆の見送りが離れたところでアリアは呆れたように呟いた。


「あらゆる種族が集まるこのヴァリエでも、あんな反応をする奴らがいるのね」

「仕方ないさ。獣憑きとして避けられることには慣れているから気にするな」

「無理。今に見てなさい。あなたが獣憑きじゃないってこと、知らしめてやるから」


鼻息荒くずんずんと歩くアリアにシルヴァは思わず頬が緩む。


「別にいいっての。お前がいてくれるだけで、俺は生き易い」


先を歩いていたアリアがピタリと止まる。

振り返ってチラリとシルヴァの顔を覗くと、またすぐに歩き出した。


「……もうっ」


その呟きはシルヴァには届かず宙に溶ける。

ギルドから中央広場までは離れていないため、そんなやり取りをしていたらあっという間にギルドに辿り着いた。

途中、荷台やら吊り具などを運ぶ大勢のギルド職員とすれ違った。ワイバーンを回収するのだろう。


二人は受付に顔を見せ、アリアは受付嬢に一声掛ける。


「自分で名乗るのは恥ずかしいけど、“極光”よ。当面はすぐ目の前の宿にいるから、用があれば呼んでちょうだい」


受付嬢は何を言われているのかわからず「はぁ……?」ととりあえずの返事をする。

しかし、この受付嬢は一日も経たず、その意味を知ることになる。


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