第21話 深夜の研究所・ターニングポイント(前編)

「ふぅ、なんでこんなことに……」


 時刻は深夜22時過ぎ。

 僕は七條会の研究施設に侵入していた。


『あ、左の建物の屋根に監視カメラがあるので気を付けてください』


「っと、了解」


 ひよりさんの指示に従い、慎重に歩みを進める。

 幸いなことに、今日は新月。

 物陰を伝っていけば、目立つことなく移動することが出来そうだ。


『帆乃佳ちゃんが作ってくれた侵入経路は完璧なんで。大丈夫です』


「そうみたいだね。それにしても……」


 あの子は何者なんだろう。

 最初に指定されたポイントに行くと、施設を囲むフェンスに切りこみが入っており、施設内に難なく侵入することが出来た。


『えへへ、『お友達』ですから。あ、壁沿いに進んでください』


 その後も、ひよりさんの指示に従い移動する。

 ほどなく、三階建ての大きな建物が見えて来た。傍らに数台の大型バスが停まっていて、あそこがひよりさんが泊まっている宿泊施設で間違いなさそうだ。


「……涼くん、待っていました」


 建物の裏手、給水施設とおぼしきタンクの陰でひよりさんと落ち合う。


「こんばんは、ひよりさん」


「こんな時間にすみません。どうしても今日会いたくて」


 ……やっぱり彼女のテンションが低い。

 ひよりさんは寝間着代わりなのか上下とも学園のジャージ姿で、いつもの赤フレームの眼鏡を掛けている。


 お風呂に入った後なのか、髪はしっとりとしていて、ふわりとシャンプーの香りが僕の鼻に届く。その香りはいつもと違っていて、なんとなく落ち着かない。


「……えっと、話したいことがあるんです。が」


 ひよりさんは少しだけ距離を開けて僕の隣に立ち、そっと壁に背を預ける。


「わたしのこと」


「!!」


 ひよりさんの言葉に、思わず目を見開く。


「なんで、わたしが涼くんに……少し変わった料理を作っているのか」


(ごくり)


 慎重につばを飲み込む。


(ま、まさか。このタイミングで?)


 ひよりさんが自分のことを話してくれる?

 ……実はすでに大体知っているとはいえ。


(いやいや、僕の知らない情報もあるかもだし……ちゃんと聞こう)


 僕はひよりさんの方に身体を向けると、彼女の言葉を待つ。


「実は、わたし……」


 薄暗い非常口の照明に照らされたひよりさんの口が、ゆっくりと開いていく。

 が、次の瞬間。


 ジリリリリリリリリリリッ!!


 けたたましいサイレンが、辺りに響き渡った。


「な、なんだ?」


 一瞬、僕の侵入がバレたのかと焦ったが、すぐにそうではないことが分かる。


 どううううんっ


 鈍い爆発音とともに、宿泊施設の奥にある7階建ての建物から火の手が上がったからだ。


 パリインッ


『こっちだ!』

『ラボか! ゲージは無事か?』

『分からん。ただ、警告アラームが鳴りっぱなしだ!』


 何かが割れる音が響き、複数人の足音と焦ったような声が遠くから聞こえる。


「涼くん、こっちです!」


 ひよりさんが非常口のドアを開いてくれた。

 非常口を入ってすぐ、左手にサロンのような小部屋がある。ここに隠れよう。


『看護科の皆さんにお知らせします。どうやら研究棟で小規模な火災が発生したようですが、宿泊棟は安全ですので指示があるまで自室で待機してください』


 教師らしき女性のアナウンスが天井に設置されたスピーカーから聞こえる。


「火事、なのかな? 何があったんだろう」


 僕がテーブルの下に隠れると同時に、ひよりさんも部屋の中に入って来た。


「わ、わかりません。

 昼間に見学したんですが、あそこの研究施設には治験用の動物がたくさんいて……」


 ぱりいんっ


 その時、傍らにあった窓を破り何かが室内に侵入して来た。


「なっ!?」


 グルルルル……


 真っ赤な目がギラリと光る。

 僕たちの前に立ち塞がったのは、大きな獣だった。

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