第2話 金色

本来なら、こんな怪しげな人間を家に入れるなど相当勇気がいるが、幸い俺には失うものがなさすぎて、危険を感じなかった。

むしろ俺の部屋はがなかなかの“汚部屋”で、

もしかしたら外のほうが清潔だったかもしれない。そう思うと少しだけ申し訳なくなり、

最大限にできるもてなしとしてUFOキャッチャーで偶然取れた

"ふわもこクマさん大判ブランケット"を与えた。

おっさんはホッとした表情で礼を言うと

よほど寒かったのか、すぐにクマさんに包まって暖をとっていた。きっとベランダに干してある、あのカビくさそうなバスタオルでも渡されると思っていたのだろう。

ちなみにそのバスタオルは、干してから二ヶ月は放置していたので、カビだけで済めばよい方だった。

 

飼ってみると、チャッピーは頼めば買い物に行ってくれるし、自ら進んで掃除や洗濯もしてくれた。さすがヒモだ。

“泊まる代わりに働く”が染みついているのだろう。干しっぱなしのバスタオルは、何も言わなくても即座に捨てられていた。

こいつ、料理もできるのだろうか。

得体の知れないおっさんの手料理を食べる気はしないが、一度は作らせてみよう。

もしかしたら、物凄い料理上手かもしれない。

犬だけに、ワンチャン。

そんなくだらないことを考えながら、

気づけば俺はチャッピーがいる生活が少し好きになっていた。

チャッピーは聞き上手で、時にシュールな返しで俺を笑わせてくれた。

口数こそ少ないものの、奴の持つ独特な笑いのセンスが気に入っていた。  


とはいえ、"飼っている”以上は食わせなければならない。チャッピーが来て五日、俺は久しぶりにバイトに行くことにした。

 

その夜のことだ。クタクタで帰ると、玄関にどこか見覚えのあるスリッパが置いてあった。思い出せそうで思い出せない、あのもどかしい気持ちだ。

しかし、寝ているチャッピーの足元に置かれた小さなゴミ袋を見て、すぐに理解した。中には吸いかけのタバコ、レシートのような紙ゴミ、そして汚いメモ帳が入っていた。 

──チャッピーは俺が捨てたスリッパ欲しさに、あの時、居酒屋からゴミ袋を持って帰ってきたのだ!

いや、犬設定なのだから「拾ってきた」が正しいのだろうか。

とにかく……俺が言うのもなんだが、ゴミを増やすんじゃねぇよ!

しかも居酒屋のゴミだ!こいつはウイルスで俺を殺す気か?!

そう思った瞬間、ゴミを拾うチャッピーが汚いホームレスのおっさんにしか見えなくなり、今すぐ追い出したい衝動にかられた。

が、ハッとして深呼吸をした。

冷静に考えてみたら、これはネタにできるのでは?今ここでチャッピーを手放すわけにはいかない!

「オッケーオッケー…」

俺は自分に言い聞かせた。

自称・犬とて、やはり中身は人間だ。あの寒さでダンボール生活をしていたことを考えれば、そりゃスリッパが欲しくもなる。

俺がチャッピーでもそうしたにちがいない!

「...よし!気持ちは痛いほどわかった!」

俺は恐る恐る袋をつまみ、玄関の端へ移動させた。ゴミの日に捨てさせることにしよう。

そう思い袋を置いたその瞬間、袋の中のメモ帳に何か走り書きのような文字が見えた。

職業病だろうか、俺にはすぐにそれが「ネタ」だとわかった。

ネタ帳だ!汚さを忘れてすぐにメモ帳を取り出し、全ページを細かくチェックした。全てピンネタだ!! 

とんでもないものを見つけたぞ!

やはり神はチャンスをくれたのだ!

でかした、チャッピー!!

さっきまでウイルスにしか見えなかったメモ帳が、まるで金の延べ棒のように輝いて見えた。

なんとかこのネタを使いたい、強くそう思っていた。 


メモ帳にはネタが三つ。

トーナメントは予選、一次、ニ次、そして決勝を含めると四つのネタが必要だ、

あと一つ。なんとしても持ち主を見つけ使用許可をもらいさらに足りない分を作ってもらいたい!いっそそいつとコンビを組んでも良い!

その時の俺は、自分でネタを考えるという選択肢など頭から抜け落ちていた。


急いでチャッピーに駆け寄ると、遭難者を起こす勢いで頬を叩いた。

「おい!起きろ!起きるんだ、チャッピー!寝てる場合じゃない!」

胸ぐらを掴み、チャッピーを揺らした。

チャッピーは何が起こったのかとビックリしていたが、まだ完全にはこちら側に戻ってきていなかった。

「チャッピー!出番だ!!犬としての仕事ができたんだよ!!ほら、起きるんだよ!」

ぼーっとしているチャッピーに、さらに強めの口調で言った。

「いいかチャッピー。このメモ帳の持ち主を探すんだ!きっとまたあの店に来るはずだ。そこを狙え!嗅覚をいかせ!頼む!!お願いだ!!俺の人生がかかってるんだよ!!」

会ったこともないメモ帳の持ち主は、急に俺の人生を背負わされることになった。

チャッピーは驚いて何か言いかけたが、 

俺の切羽詰まった様子を見て反論もせず、持ち主探しを引き受けてくれた。

もちろん、毎晩飲みに行かせる金などないので、店に頼み込んで一週間だけバイトさせてもらえることになった。

チャッピーは掃除、洗濯そしてバイトまでこなすスーパー労働犬になっていた。

逃げてしまわないか多少の心配はあったが、ここ数日さらに冷え込みは酷い。

それに、すっかり“ふわもこクマさん”が気に入っていたようなので大丈夫だろう。

今が夏じゃないことに感謝だ。


一方、チャッピーが働いている間、俺は必死にネタを覚えることにした。アドリブも入れず、 

一ミリの狂いもない丸暗記だ。

――芸人魂とは一体何なのか。

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