ふわもこクマさんに包まれたおっさんの覚悟〜崖っぷち芸人物語り 

@yutatamaru

第1話 青色

「そこはコバルトブルーで仕上げてくれ」 

「分かりました。」  

ステージの天井スピーカーから聞こえる声に即座に答えた

「それターコイズブルーだぞ!」 

慌てて他の青い絵の具を掴む

「それはスカイブルーだ!ちがう!そっちはエメラルドブルー!」   

「もう!どれが正解の青なんじゃい!」 

 

失笑まじりの乾いた笑いとともに照明が落ち、出番が終わった。

俺は柿田 浩。芸歴十五年のピン芸人、

あらかじめ録音した音声に自らボケたりツッコんだりーそんな芸風だ。 

数年前にはそこそこウケていたこのネタも今では笑いがほとんど起きない。

同じネタをこすり続ければそうなるのも分かってる。だが、俺の芸人人生このネタ以上にウケた事がなかった。 


楽屋に戻ると先週百円ショップで購入したばかりの俺スリッパが無造作に廊下に出されていた。 

「・・・やっぱりな」

このスタジオは、客の人気投票で次の出演枠が決まる仕組みだ。

票が取れなかった芸人の履物は、こうして無言で外へ出される。

下剋上の激しい世界ではこういうことは当たり前、むしろ本来はこのステージに立てないほうが多い。ここに立つにはそれなりの実力と推薦が必要なのだ。

俺の場合、受付に昔のツレがいて「一度だけ」と枠を回してくれた。いわゆるコネ。

まあ、結局はそのチャンスも掴めなかった。 


それでもなんとか十五年続けてこれたのだから

「いつか売れる!」

その希望だけは捨ててはいなかった。


問題は、今住んでるアパート。

次の更新で家賃を上げるというのだ! 

このままだと引っ越さざるを得ない。

多少なりともまとまった額が必要になる。

アルバイトをフル出勤して、どちらが本業か分からない生活を続ける芸人も多いが

俺はあれがどうにも嫌だった。

あくまで本業は芸人。

それ以外はできればやりたくない。

結局ギリギリまで追い詰められては隙間バイトでしのぐ日々だった。

しかしその生活も、もう限界にちかい。

二週間後に控えた毎年恒例の「お笑いトーナメント」これが最後のチャンスになるかもしれない。このトーナメントは賞金さえ少ないものの 優勝できずとも印象に残った者も売れると言われ、芸人の登竜門になっていた。


とにかく爪痕さえ残せれば...

そんな思いだった。

ただ、困ったことに、いくら考えても肝心の

「ネタ」が浮かばないのだ。


「まあ、今日みたいな日は呑むしかないか」

そうつぶやいて、スタジオを後にした。

________________________________________


店に着くと、ものすごい混みようで座れる場所など見当たらなかった。

「っんだよ!!ここでも締め出しかよ!」

頭に来て、思わず手に持っていたスリッパをそばにあった小さなゴミ袋に叩きつけて捨てた。 

近くに座っていたおっさんは、驚いてこちらを見たが、俺の様子に気づくと折りたたみ椅子を指差し、隣を開けてくれた。

この界隈の居酒屋は自由だ。客が勝手に席を増やすのなんて日常茶飯事。

「どうも」

軽く礼を言い、ハイボールを一気飲みした。


隣のおっさんはなかなか話せるやつで、気づけば俺は身の上話などを話していた。

しばらく喋ってすっきりすると、今度はおっさんの事も聞いてみたくなった。

こんな場所で飲んでるやつは、多少クセが強い。今日みたいな日のつまみとしてはちょうどよいのだ。


「おっさんは何? 名前は? 何やってる人なの?」

一瞬の沈黙のあと、おっさんは静かに口を開いた。

「俺か? 俺はチャッピー。自称、“犬”だ。」

……かなりのクセだ!

俺は少し戸惑ったが、

「あー、なるほどはいはい、犬ね」

そう返した

ここでイジるのは芸人としてのプライドが許さなかったのだ。

何が犬じゃ! どうせヒモだろ!! 

こんなロン毛でデブのおっさんを面倒みてるやつの顔を見たいわ!

内心はそうツッコんでいた

「へぇ、じゃ今は誰と住んでんの?」

まさか若い姉ちゃんじゃないだろうな、少しドキドキして聞くと

「今は野良なんで……」

野……良……!?

単なるホームレスじゃねーか!

この時、おっさんに騙される女の気持ちが少しわかった気がした。

女子がやたら好きそうなワードばっかりだ。

まったくこの界隈には、ロクなやつがいない。


しかし、話しているうちに俺はこのおっさんのホームレス生活に妙に興味が湧いて、どうしても住んでる場所を見たくなった。

酔った勢いの好奇心なのか、近い将来の参考にでもしようとしたのか……とにかく“どうしても”だった。そしておっさんもとくに嫌がることはなかった。

店をでて歩くこと二十分、着いてみると、高架下に段ボールという、定番中の定番で中には最低限の生活必需品しかなく、何の変哲もない場所だった。

「・・・俺もこうなるのか?」

そんな思いが頭の片隅をよぎった。

しかも風が強く、容赦なく吹き込む隙間風に酔いが覚めるどころか凍死しそうな寒さだった。ここで寝泊まりできるおっさんが信じられないほどだ。最近野良になったそうなので、この二、三日で急激に下がった気温に防寒具が追いついていないのだろう。見るとおっさんも寒さに弱いらしく、でかい身体を俺以上に震えさせていた。そんなおっさんを見て、ふとあることを思いついた。

「そうだ!“チャッピー、自称・犬”を飼ってみよう」

「ホームレスを拾う」ネタになるかもしれない!

そう思うとこれは神様がくれたチャンスだとさえ思えてきた。

こうして俺は、このホームレスのおっさんを拾う事にした。

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