侯爵令息の双子に溺愛される伯爵令嬢は逃げられない

久遠れん

侯爵令息の双子に溺愛される伯爵令嬢は逃げられない

 伯爵令嬢アナベルには二人の幼馴染がいる。


 侯爵子息の幼馴染は珍しい双子で、フレデリックとステファノという。


 太陽の光を集めたようなさらさらの金の髪を長く伸ばし、緩く結んでいるのがフレデリックで、同じく日の光を凝縮したような金の髪を肩口でバッサリと切り揃えているのがステファノだった。


 いまでこそ髪型の違いで一目で見分けられる二人だが、幼いころは髪型を含め本当に瓜二つで周囲はとても混乱したときく。


 本人たちもまた、どちらがどっちだ、と周りに謎かけをして遊んでいた。


 そんな双子はフェリーネ侯爵家という王国の由緒正しい貴族なのだが、幼馴染であるアナベルは彼ら一言でこう評する。


 「性格が終わっている」と。


 フレデリックとステファノは一歳年下のアナベルのことをとても可愛がっている。それはいい。


 嫌われるより可愛がられる方がいいのだとアナベルだってわかっている。


 だが、いくらなんでも。


「いい加減にして頂戴!!」


 学園の中庭にアナベルの叫びが響き渡った。


 中庭に設置されているベンチに座っていたアナベルの両サイドを我が物顔で陣取っているフレデリックとステファノが顔を見合わせる。


「アナベル」

「どうしたんだ?」


 サウンドするように両方から問いかけられて、男女にしては近い距離と合わせて普通の女の子だったら顔を真っ赤にして照れただろう。


 だが、アナベルは双子に対して耐性があった。


 ぐいっと近づいてきた二人の端正な顔を両手で左右に引きはがして、再び声を上げる。


「フレデリックとステファノのせいで! 婚約が決まらないじゃない!!」


 貴族の令嬢と令息が十五歳から十八歳まで通う貴族学園は、寮生活を通して婚約者を探す場としても機能している。


 もちろん、学園に入学する前から家の思惑で婚約を結ぶケースもあるのだが、そういうのは王族や公爵といった貴族でも上の立場のものたちくらいだ。


 大抵は結婚適齢期を迎える十八歳の前に学園で気になる異性を見つけ、家の格を始め、授業に対する態度、他の貴族との交友関係、本人の性格を含めた素質を加味して婚約を決める。


 貴族学園は、いわばお見合いの場なのだ。


 十八歳まで――正確には十六歳程度までに婚約者を定め、卒業までの二年で仲を深める。


 そして卒業したらそのまま結婚、というパターンになる。


 例にもれず、アナベルもまた婚約者を探すために貴族学園に入学した。


 だが、蓋を開けてみれば、入学してからずっと双子に付きまとわれていて、異性と話す余地すらない。


 ちょっといいな、とか、気になるな、と思う男子生徒がいても、アナベルが視線を向けただけで逃げられてしまうのだ。


 常にアナベルに護衛のごとく張り付いている双子が原因に違いなかった。


 そろそろ入学して半年がたつ。


 婚約を結ぶまでいかなくとも、婚約者の目星程度はついていないといけない時期なのにもかかわらず、アナベルは貴族学園に入学してから双子以外の異性と一度も話していない。


 教師すら、だ。


「婚約者って必要ですか?」

「僕たちがいるだろう」


 フレデリックが先に喋って、ステファノが後に続く。


 双子の話し方の常だった。喋り方こそ差があるが、二人で一人と言わんばかりに、双子は昔から仲が良くて、何をするにも一緒で、揃ってアナベルに付きまとっている。


 フレデリックとステファノの声音の温度が下がったことに、五歳の頃からの幼馴染でありすでに十年近くの付き合いであるアナベルは気づいていた。


 だが、いまさらその程度で臆するアナベルではない。


 ぷうと頬を膨らませて、遺憾の意を表す。


 その様子が愛らしい、と二人に思われているとは気づかない。


「必要に決まってるじゃない! 私は婚約者を探しに学園に来たのよ! フレデリックとステファノだってそうでしょう?」


 話を双子に向けたアナベルの言葉に、二人がそっくり同じ仕草で顔を見合わせる。


「違いますよ」

「別に、婚約者はいらないんだ」


 あっさりと否定されて、む、とアナベルは唇を尖らせる。それでは学園に入学した意味が分からない。


「じゃあなんで! 学園にいるの!」

「アナベルが入学すると教えてもらっていたからです」

「そうだ。アナベルが入学するなら僕たちがいないといけないから」


 確かに入学して半年、フレデリックにもステファノにも婚約者がいる気配はなかった。


 女子生徒から熱い視線を送られても双子は綺麗に無視をしてアナベルにかまっていた自覚もある。


 そのせいで、アナベルは貴族学園で孤立している。


 男子生徒から遠ざけられるだけではなく、女子生徒からも遠巻きにされていた。


 貴族学園は未来の伴侶を見つけるのと同じくらい、貴族の家同士の横の繋がりを作る場であるにも関わらず、だ。


「とにかく! いい加減にして! 私は婚約者を作りたいの!!」


 勢いよくベンチから立ち上がったアナベルの決意の言葉に、双子は心底面白くなさそうに表情を歪めた。


 けれど。


「やってみたらどうですか?」

「無駄だと思うけど」


 すぐに挑発するように言われて、アナベルの頬に朱が上る。


 頬を赤く染めて、アナベルは啖呵を切った。


「すぐにいい人を見つけるんだから!」


 そう口にして立ち去るアナベルの後を、あえて追いかけることなく。


 フレデリックとステファノは揃って肩をすくめたのだった。




▽▲▽▲▽




「だ、だれも……話してくれすらしない……!!」


 アナベルはこの世の終わりとばかりに頭を抱えて図書館の机に突っ伏していた。


 双子に「いい人を見つける」と宣言してから一週間。


 周囲を二人に挟まれていない環境にもかかわらず、アナベルは一人きりだった。


 女子生徒のグループに話しかけようとしてもそそくさと解散されてしまい、ならばと男子生徒に声をかければ「用事があるから」と逃げられる。


 婚約者を作るどころか、友達作りすらできないでいた。


「どうして~……!!」


 頭を抱えて唸るアナベルの頭上に影が差す。落ち着いた声が二つ降ってきた。


「少しは落ち着きましたか?」

「無駄だって実感しただろ?」


 聞きなれた二人の声。フレデリックとステファノだ。


 二人はそれぞれアナベルの左右の席に腰を下ろす。


 いつものように左がフレデリックで右がステファノだ。定位置のように二人はいつも左右を決めている。


「どうしてうまくいかないの……」


 頭を抱えたまま唸るアナベルの耳に、甘く優しい声が滑り込む。


 虫を呼び込む花の蜜のような甘い毒をはらんだ声音。


「私たちがいれば十分だと思い知ったでしょう?」

「僕たちがいれば大丈夫だと実感しただろう?」


 同じような言葉を睦言のような甘さで囁かれても、すでに慣れてしまったアナベルには響かない。


 ただ、べそべそと自然と浮かんでくる涙を制服の袖で拭って机に突っ伏した。


「だってぇ、私、長子だもの……婚約者がいるのよぉ……」


 アナベルの三歳下には長男の弟がいるが、だからといってアナベルに課せられた貴族としての義務が揺らぐことはない。


 生家のヴァレル伯爵家のためにも、良縁を結ばなければならないのだ。


 アナベルの言葉に、双子はこれまた同時に顔を見合わせて、悪い顔で笑った。


「だったら、一ついい提案があります」

「僕たちのどっちかと婚約と結婚をすればいいんだ」

「……へ?」


 思わずアナベルは顔を上げた。ぱちぱちと瞬きをすると目じりの淵にたまっていた涙が頬を伝う。


 左右からその涙を指先で救い上げられると、さすがに心臓が少しだけ早くなった。


「私を選んでくれますよね?」

「僕を選んでくれるよな?」

「?!」


 耳元に唇が触れるような距離で囁かれて、アナベルはガタリと椅子から立ち上がった。


 顔を真っ赤にしてはくはくと口を動かすアナベルに、双子が意味深長に笑う。


「どちらを選んでもいいんですよ?」

「最終的に三人で暮らすことには変わりないからな」

「は」


 かすれた声でアナベルが漏らした言葉に、双子が全く同じ動作で首を傾げる。

「「は?」」


「ハレンチ――!!」


 図書館だというのに思わず大きな声で叫んだアナベルは、そのまま脱兎の勢いで逃げ出した。


 取り残された双子は一拍おいて同時に噴き出す。


「ふふふふふふふ!」

「あっはっはっは!」


 腹がよじれるのではないかというくらい二人は笑って、そしてにまぁとアナベルには見せない笑みを浮かべて笑った。


「逃がしませんよ」

「逃がさないぞ」


 悪い笑みを浮かべた狼が二匹、アナベルを追いかけるために立ち上がった。




▽▲▽▲▽




 フレデリックとステファノは退屈していたのだ。


 双子としてこの世に生を受けて六年。この世界のすべてに退屈していた。


 両親でさえ見分けられないほどそっくりな顔と体。


 幼いころに何度も名前を呼び間違えられたから、どちらが最初の『本当の名前』かなんてとっくにわからなくなっていた。


 それでも恵まれていた自覚もあった。退屈だけれど、何不自由ない生活。


 両親や使用人相手に「どっちがフレデリック・ステファノでしょう?」と告げてからかう時だけが少しだけ生きていると思えた。


 そんな日々に終止符を打ったのは、一人の女の子だったのだ。


 フェリーネ家で開かれたフレデリックとステファノの誕生日を祝うパーティーで、挨拶に来た小さな女の子。


 二人より一歳年下の女の子はアナベルだと名乗った。


 それだけなら双子が興味をひかれることはなかっただろう。


 けれど、アナベルと名乗った女の子は適当に「フレデリックだよ」「ステファノだ」と名乗った二人の言葉をじっと聞いて、それ以来一度も二人を間違えることがなかった。


 とはいえ、二人もどちらの名前で呼ばれても反応していたから、最初は気づかなかった。


 フレデリックと名乗ったから「フレデリック」と呼ばれても、ステファノだと挨拶したから「ステファノ」だと呼ばれても。


 本当にはじめは全く気付いていなかったのだ。


 気づいた瞬間、稲妻が走ったかと思った。雷鳴に打たれたような衝撃が全身を巡った。


 信じられなくて当初は偶然だと思った。運がいいだけだと。たまたま一致しているだけだと。


 けれど、アナベルは会うたびにきちんと二人を見分けて、最初に名乗った名前で呼び続けた。


 二人自身、どちらを名乗ったかなんて覚えていなかったのに。


 その瞬間、二人は双子ではなく「フレデリック」と「ステファノ」として生まれなおしたのだ。


 二人は全く同じタイミングで、この子だ、と思った。運命だ、と。


 離してはならない、自分たちだけの女神だと認識した。


 だから、執着した。


 でろでろに甘やかして、二人がいなければいきていけないようにしようと、話し合ったわけではなかったけれど同じ意思を持って行動した。


 婚約者を探すために貴族学園に入学すると知って、ふざけるな、と思った。


 こんなにも愛しているのに、こんなにも必要としているのに。


 もう、アナベルがいない世界なんて、考えられないのに。


 だから、徹底的に邪魔をした。異性だけではなく、同性からも嫌われるように仕向けた。


「あと少しですね」

「あと少しだな」


 もうすぐ、熟れて実った果実は地に落ちるだろう。


 その瞬間を、ずっと待っている。


 頼れる人がほかにいないと悟った哀れな少女が、二人の手の中に落ちてくる時を、牙を研いで、待っている。




◤ ̄ ̄ ̄ ̄◥

 あとがき

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