第2話【チクタクは金になる】

翌朝、宿屋の食堂は騒然としていた。


「ほんとに動くのかよ!?」「魔術師の鑑定でも“魔法じゃない”ってよ!」「いくらだ、いくらで売ってくれるんだ!?」


 俺が作った懐中時計は、たった一晩で村中の噂になっていた。


 鍛冶屋の親父が、朝っぱらから俺の部屋をドンドン叩いてきた。


「おい悠真! 村長が来てるぞ! しかも隣町の商人まで連れてきやがった!」


 降りてみると、食堂はもう満席。

 村長、商人、冒険者、果ては教会のシスターまでがテーブルを囲んでいる。

 中央に置かれた俺の時計が、チクタクと静かに時を刻んでいる。


 村長が立ち上がった。髭の立派なジジイだ。


「悠真殿、これは一体……何と呼べばよいのだ?」


「懐中時計です。持ち歩ける時計」


 俺が蓋を開けると、全員が息を呑んだ。


 チクタク、チクタク。


 商人──名前はロイドというらしい──が目をギラつかせて前に出た。


「一つ銀貨100枚でどうだ!?」


 周りがどよめいた。

 銀貨100枚って、村人の年収くらいあるらしい。


「いや、200枚!」「300枚だ!」


 値段が吊り上がっていく。


 俺は手を挙げて制した。


「……売りません」


 一瞬、静まり返る。


「え?」「売らねえ?」「マジかよ……」


 俺はにやりと笑った。


「一個一個、手作りなんでね。

 でも、注文なら受けます。

 ただし、先払い。納期は一ヶ月」


 商人ロイドが即座に立ち上がった。


「なら俺、10個予約! 前金で金貨20枚!」


 金貨20枚……日本円で軽く200万円超えてる。


 村長も慌てて手を挙げた。


「わ、わしも教会用に3個! 寄付金から出す!」


 冒険者のリーダーが叫ぶ。


「俺たちパーティーで5個! ダンジョン攻略に正確な時間が欲しいんだ!」


 一気に注文が20個を超えた。


 俺は内心でガッツポーズした。


(やっぱり……時間は金になる)


 その日のうちに、宿屋の裏の小屋を作業場に改装。

 鍛冶屋の親父に弟子入り志願してきた村のガキどもを助手にして、

 本格的な時計生産が始まった。


 三週間後。


 俺の工房は、もう「おもちゃ屋」じゃなくなっていた。


 看板にはこう書いてある。


『悠真のからくり時計工房 ──時間はここで作られる──』


 初月の売上は金貨82枚。

 村一番の金持ちになった。


 そして、ある夜。


 工房で一人、次の試作品を組み立てていた俺の前に、

 一人の少女が立っていた。


 銀色の髪。

 獣耳。

 ボロッボロの服。

 首には奴隷の刻印。


 少女は震えながら言った。


「……あの、時計、ください。

 お金は……ないけど、なんでもします」


 俺は手を止めて、少女を見た。


 そして、にっこり笑った。


「いいぜ。

 ただし、代わりに俺の助手になれ。

 ──名前は?」


 少女は目を丸くして、それから涙をこぼした。


「リ、リリアです……!」


 その瞬間、俺は確信した。


 これから先、この世界はもっと面白くなる。


 チクタク、チクタク。


 ゼンマイの音が、少しだけ速くなった気がした。


(第2話 了)


次回予告

第3話「王都のオルゴール」

貴族が土下座した、あの音色が生まれる!

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