第3話【王都のオルゴール】

【第3話 王都のオルゴール】


 王都アルテミシアに着いたのは、転生してからちょうど四ヶ月目の朝だった。


 馬車の中は俺とリリア、それに積み上がった木箱でぎゅうぎゅうだ。

箱の中身は「懐中時計」五十個と、まだ誰にも見せていない“次の仕掛け”。


 王都の門をくぐった瞬間、リリアが耳をピクピクさせた。


「マスター……すごい匂い。鉄と魔力と……お金!」


 確かに凄かった。

 石畳の通りは馬車と人で溢れ、空には魔導士が乗った小さな飛行艇がブンブン飛んでいる。

 でも、俺の目には全部“遅れてる”としか見えなかった。


 時間は曖昧。

 時計は教会の鐘だけ。

 こんなところで俺のゼンマイが鳴ったら、どうなるか。


 商人のロイドが紹介してくれた取引先──王都最大の時計&宝飾店「ルナ・アルカナ」。

 店主は痩せた貴族風の男で、俺の時計を見た瞬間、顔色が変わった。


「こ、これは……本当に魔法じゃないのか?」


「ゼンマイです」


 試しに十個置かせてもらった。

 三時間後、店は大パニックになった。


 貴族が馬車を横付けして「全部買う!」と叫び、

 冒険者ギルドの幹部が「ダンジョン攻略に必須だ」と十個単位で予約。

 しまいには王宮からの使いが飛んできた。


「王女殿下が、直々にご招待申し上げる」


 俺とリリアは、半ば強制的に王宮へ連れて行かれた。


 謁見の間。

 絨毯の上に正座させられ(俺だけ)、目の前に座るのは十四歳くらいの金髪の少女。

 王女エレオノーラだ。

 美少女だけど、目が完全に死んでる。


「あなたが噂の“時の魔術師”ね」


「……魔術師じゃなくて、おもちゃ職人です」


 王女は興味なさそうにため息をついた。


「この国には、もう退屈なものしか残っていないの。

 新しい音楽も、新しい物語も、新しい驚きも。

 あなたに、それがあるって聞いたけど?」


 俺は静かに木箱を開けた。


 中から取り出したのは、胡桃割り人形サイズの小さな箱。

 蓋を開けると、ゼンマイを巻くための鍵がついている。


「これを、巻いてみてください」


 王女が半信半疑で鍵を回す。


 カチ、カチ、カチ……


 そして、音が鳴り始めた。


 初めての旋律。

 この世界に存在しない、純粋な機械の調べ。

 シューベルトの「軍隊行進曲」を、俺が完全に再現したオルゴールだ。


 王女の目が見開かれた。

 次の瞬間、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。


「……これ、なに?

 魔法じゃないのに……どうして、こんなに綺麗なの?」


 周りの貴族たちも全員凍りついている。

 楽団長の老人が震える手で譜面を取り始めた。

 近衛騎士が「殿下……!」と駆け寄ろうとして、足が止まった。


 王女は立ち上がり、俺の前に跪いた。


「お願い……もっと作って。

 いくらでも払うから。

 この音を、この国中に響かせて」


 俺はにやりと笑った。


「代金は後払いでいいですか?

 実は、次のおもちゃももうできてるんですけど……」


 その夜、王宮の宴は史上初の“オルゴール専用コンサート”に変わった。

 貴族たちが土下座して追加注文。

 王女は俺に「王立からくり技師」の称号を即日授与。

 リリアの奴隷刻印も、その場で王命で消された。


 俺たちの工房は、翌日から王宮の一郭に移った。


 看板はもう変わっていた。


『王立ゼンマイ機関省 主任技師 悠真&副官リリア』


 そして俺は、次の試作品を机に置いた。


 竹と布でできた、小さな飛行機の模型。


 プロペラを手で回すと、ふわりと浮かぶ。


 リリアが目を輝かせた。


「マスター……次は、空ですか?」


「そうだな」


 俺は王都の夜空を見上げた。


 チクタク、チクタク。


 ゼンマイは、もう止まらない。


(第3話 了)


次回予告

第4話「空を掴んだ竹とんぼ」

王女が泣いた。王都が震撼した。

そして今、誰もが空を見上げる。

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