第6話

6章(Walker's Dream)


町は元に戻っていた。


およそ一日の機能停止でトラブルは色々あったけど、その辺は国が半日もしないうちに誤魔化して隠してしまった。医療施設も含めて幸い死人は出なかったらしい。


じいちゃんはもっと時間がかかると思っていたようで、焦らせても捗らないと思って伝えなかったけど、被害はもっと大きなものになると予想していたそうだ。






僕は徹夜だったのに目が冴えて寝付けなくなっちゃって、町を歩いていた。




真っ暗な未明の町はゴミが詰まった下駄箱から帰ったあの時と違う景色で、日が昇った朝は下野に「お前を殺す」って言ったあの時と違う景色で、そのうち動き出した町並みは申し訳なくて居場所のなかったあの時と違う景色だった。


ここに存在する人も物も何も変わっていないはずなのに全てが鮮やかで、誰も何も僕を否定するものが見つからない。僕はこれまで世界と自分を切り離していた。今は理解することで繋げることが出来た気がする。


僕は世界を好きになっていた。根拠がないけど、僕はもう誰かを深く傷つけない。また失敗するかもしれないけど、その重さを背負って必ず前に進む。世界がもっと上手くいくように。


かつて見えない足枷を引きずって歩いた僕の足は、地面を力強く蹴ることが出来るようになった。




日菜子の家の前を通ったら交差点は何事もなくなってた。あと日菜子と家族が家の貼紙を剥がしたり、落書きを消したりしていた。


それを見ていたら日菜子が僕に気付いて駆け寄ってきた。怒鳴られるのかと思ってビックっとしたけど「昨日はごめんなさい。もしかして貼紙を剥がしてくれていたんじゃ」って。






暗いうちから半日以上歩き回って昼前頃に家に帰ったんたけど、庭がちょうど暖かい日差しに包まれていて、なんとなく木の下に寝転んでみたら、あっという間に寝落ちしてしまった。


夕方に目が覚めてリビングに行くと母さんとばあちゃんから、「じいちゃんが向こうの家で待ってるってよ」と伝えられた。母さんとばあちゃんは「夕飯を用意しないといけないのかどうかわからない!」と腹を立てていたけど、いつも夕飯のことばかり気にしてる二人になんか和む。






じいちゃんの家に行くと父さんもいた。「お疲れさん」と掛けられた声は、どこかこれまでの様に子ども扱いされていない気がした。




そして、じいちゃんはニヤニヤしていた。父さんはめんどくさそうにしていた。この表情配置パターンはこれまでに何回か見たことがある。じいちゃんが悪だくみを思いついて、父さんが付き合わされてる時だ。


「思いついたんだけどさ、世界を変えちゃおう」。じいちゃんの悪だくみに僕も組み込まれたのは初めてだったんだけど、それ以前に言ってるスケールが僕の人生ではかつてなくて、ついて行けなかった。父さんは何か思い当たる顔をしていた。


「これ、本気の話な。花太郎、お前は凄く成長したと思うんだ。絶対これからすげぇ奴になるよ。能力抜きで、お前自身にそう思ってる」。


「でさ、世の中にはどーしよーもない蛆虫みたいなやつらいるじゃん。頼むから無能は何もしないでくれ、ってやつ(じいちゃんの言う無能はちゃんと考えず、整理せず、幼稚な自分の感情を別の何かに偽って通そうとする人のことを大概指している)」。


「だから花太郎、お前さ、シンクロもう一回やって。んで世慈、お前はそこにあるパソコンてかネットと繋いでくれ。俺が花太郎の能力と世慈の能力を繋ぐ。そしたら花太郎のシンクロは世界中に届くと思うんだ」。


「凄くねぇか?蛆虫いなくなるんじゃね?なんならもしかしたら俺が蛆虫スペースコロニー入らんといかんくなるかもしれんじゃん。そいつらが作ってくれたコロニーにさ。スゲェよ、マジでワクワクしてんだけど、俺」。




とんでもないことを思いつくジジイだ。世界征服みたいな規模のことを言っていて僕は呆気にとられていた。


「まぁ、考えてみれば悪いことないかもしれないな」と父さん。いやいや、あなたがこのジジイ止めないと!!




「何をシンクロで飛ばすかはお前に任せる。多分悪いことにはならん」。なんか父さんが僕をめちゃくちゃ認めてくれてて、こっちにも呆気にとられた。


父さんにそう言われると戸惑いながらも頭の半分で何を世界と共有したらいいのか考え始めた。




今まで沢山の失敗をしてきた。そしてひとつずつ学んできた。確かにそれを世界と共有したらどのくらいかわからないけど、世界はマシな方向へ寄る気がする。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


父さん、じいちゃん、咲子、日菜子、康介。みんなの顔が浮かぶ。




「相手の大事を大事にした上で、最大限に自分らしく、やりたいことやる!」




父さんとじいちゃんが顔を見合わせる。僕も、これだ!って手応えで世界と太く繋がれた感覚がしていた。


「悪くないな。ちょっと長いけど」。じいちゃんが茶化してくる。




「ありがと。でもね、だから世界に飛ばすの、やらない」。僕は迷いなく言った。


「あ?」じいちゃんが怪訝な顔をする。父さんは「あぁ・・・。まぁ、そうなるな。お前がそう決めたなら、それでいい」って言ってくれた。


「歩く早さってみんな違うっていうか。どんなことを感じたり考えたりして、その人の結論に至るまでの経験がすごく大事なことだと思うんだ、その人にとって。少なくとも僕にとってはすごく大事だから」。


「あ~!つまんねぇ!!」と部屋を出ていくじいちゃんは薄っすら笑ってた。




僕は理解できた感動を人と共有したかった。褒めてもらいたかった。でも僕の能力は人の意志決定を引きずり込んでしまう。だから今の僕の気分にはもう合わないんだ。






でも僕は思うんだ。能力でそんなことしなくても、みんながそう考えてくれる時が来たら、きっと世界は今よりもっと上手くやれる気がする。


だから『君がそう決めたのなら』、僕はそれでいい。


澄み渡る空、その向こうに僕は小さな光を見る。


FIN








■ あとがき


先ずもって、このような個人的でセンシティブな物語を最後まで読んでいただき心より感謝申し上げます。


この物語の中で、花太郎は自分の未来を手放しかけました。かつての私自身も、同じように手放そうとしたことがあります。


けれど今、私はステキな妻と可愛い子どもに恵まれ、好きなものに囲まれた家で暮らしています。今も上手くいかないことは多くありますが、だからこそ前に進み続けています。これが、あの時に手放さなかった未来です。


この物語はフィクションですが、


私の命を繋いでくれた恩人に。

そして、多くの大切なことを教えてくださった恩師に。


深い感謝と共に、この作品を捧げます。


もし、この物語の設定背景やキャラクター設定はじめ、何か感じて頂けるものがありましたら、近況ノートへ残していただければ嬉しいです。可能な限り、お返事させていただきます。

【 歩上 花太郎 】


追伸:最後まで読んでいただいた後で、もし宜しければ「fra-foa」というバンドの「澄み渡る空、その向こうに僕が見たもの。」という曲を聴いてみてください。20年以上前の曲ですが、とても良い曲です。

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世界は僕を許すのか。僕は世界を許せるのか―Walker's Dream― 歩上花太郎 @HanataroHonoue

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