合コン行ったら1対1でした

ポット

合コン行ったら1対1でした

『吉田って店員さんに伝えてくれれば分かると思うから! 俺は行けないけど楽しんできてな!』


 指定された店の前に着くと、大学の友人からLINEが来た。


 ったく、穴埋めに呼んでおいて自分は来ないってどういう事だよ……。


  

 合コンに参加するのなんて生まれて初めて。

 基本的な流れマナーがあるのかすら知らないのに、当てにしていた友人は不参加ときた。

 いきなり知らない人の中に放り込まれ、そんなに上手く話せるだろうか。恋愛に飢えているわけでもないし、完全に場違いなのでは? もう、店まで来ただけで誰かに褒めてほしい。


 気が進まないまま店の引戸をガラガラと開けると、愛想の良いお兄さんが挨拶しながら駆け寄ってきた。

 吉田という名前を伝えると、「……あぁ!」と思い出したように店の奥の方へ案内される。


 そういえばどんな人たちが来るか聞いてなかったな……。


 緊張しながら後をついていく。

 予約しているのだからてっきり個室に通されるかと思っていたが、店員さんがどうぞと案内したのは、普通の2人がけのテーブル席。まぁ、周りを見渡す限りほぼ満席だし、人気なお店のだろう。

 

 ……そしてここで想定外の事がひとつ。

 そのテーブル席に座っていたのは、大学生ぐらいの女の子1人だけであった……。


 

 ……騙された。

 俺は合コンと聞いていたのに、相手は1人だけ。

 これじゃあまるでお見合いじゃないか。


 ……しかし、彼女を見るとそんな気持ちはすぐに何処かへいってしまった。

 

 先に座っていた彼女から感じたのは、合コンらしからぬ穏やかで優しい雰囲気。……合コンというものは戦場だと思っていたのに。 

 彼女は自分の目の前にあるポテトを1本かじりながら、回らない寿司でも食べているかのように幸せそうな顔をしている。

 出会いの場であるのに全く派手な装いでもなく、極めて庶民的な楽しみ方をしているのだ。

 それでも俺は、自分の胸が高鳴るのを感じた。

 

  

 先に1人で始めてしまっている事には少々驚いたが、案内された俺は軽くお辞儀をし、向かい合う形で席に着いた。


 彼女の前には、ポテトの他に飲みかけのドリンクも置いてある。

 薄くて茶色い飲み物。ハイボールか何かだろうか。


 

「あ、あの……それ、何飲んでるんですか?」


 

 勇気を出して質問してみた。

 飲み物の種類を聞くだけなんて、合コンの猛者たちからすれば息をするように簡単な事なのだろうが。

 俺にとっては、知らない人に自分から話しかけるだけで大きな一歩だ。 


 

「えっ……。あっ、えっと……これは、ジンジャーエールです」

 


 教科書英語の和訳みたいに返事した彼女は、突然話しかけられて驚いているように見えた。


 

「そうなんですね。お酒とか飲まれないんですね」


「はい。飲めない事はないんですが、あんまり得意ではなくて」


「あはは。俺も一緒です」



 俺は席にあったボタンを押して店員さんを呼び、ジンジャーエールと唐揚げを注文。

 さっきとは別の女性の店員さんだったが、この人もすごく愛想がいい。料理も美味しそうだし、また落ち着けるとき絶対に来よう。


 店員さんは慣れた手付きで伝票に注文を書く。そしてその後、なぜか彼女の方を見てニコニコと話しかけた。


  

「吉田さん、いいですね。今日は素敵なお相手がいらっしゃって」


「えっ?……あ、は、はいっ」


 

 驚きと照れが半々ぐらいの表情で返事をしている。

 こんなフランクに話されるなんて、このお店の常連なのだろうか。

 しかし忙しいからかそれ以上余計なことは話さず、店員さんはニコニコしたまま厨房の方に戻っていった。

 

 彼女は店員さんが戻った後、照れ笑いしながらこちらを見つめる。


 

「なんか、すみません」


「い、いえ、全然。ここにはよく来るんですか?」


「はい。疲れたときとか、良いことがあった日とか。あ、あとなんでもない日も来ますっ」


「あははっ。それ、毎日じゃないですか」


「たしかに。それぐらいの勢いで来てるかもしれないです」


 

 彼女はそう言って微笑んだあと、両手で重そうにジョッキを持ち、ちびっと口をつける程度にジンジャーエールを飲んだ。


 高く透明感のある声に優しい口調。話してみても第一印象の通りだ。

 メイクも控え目で服装も大人しめ。勝負しに来ているのではなく、決して無理していないのが分かる。それでも清楚で可愛らしい雰囲気が出来上がってしまっているので、きっと素材がいいのだろう。

 出会いなんて自分から求める必要はないはずなのに、こういう人が合コンに参加するなんて意外だ。

  


「お名前、吉田さんって言うんですね」

 

「はい。お店の人にも覚えられちゃってて、少し恥ずかしいです」


「あはは、いいじゃないですか、特別感あって」


「え?そうですかね?……あっ。そういえばそのっ、お兄さんのお名前は……」


「あぁ、安西です。すぐ近くの、東城大の二年です」


「そうなんですねっ! 私、姫代大の二年生なんですっ」


 

 姫代大といえば、うちの実家の近くにある女子大だ。東城大とも距離は近い。

 合コンだからそういうものかもしれないが、女子大の生徒なんてどこで接点を持つのだろうか。友人のコミュニティの広さに驚きしかない。


 吉田さんは「同世代なんですねっ」と嬉しそうにしていたため、「タメ口でいいですよ」と伝えると、照れ臭そうに返事をした。


 

「じゃ、じゃあ、タメ口で! あと安西くんって、呼ばせてもらうね……!」


 

 同世代だと分かって親近感が沸いたのか、少しだけよそよそしさが無くなった気がする。


  

「どうぞどうぞ、好きに呼んでもらって大丈夫です」


「……ちょ、ちょっと……なんでそっちは敬語なの!」


「……あっ、いやっ、緊張とかで……。すみません。……じゃなくてっ、ごめん」 

 

 

 小さい声で「緊張なんて、私もしてるのに」と恥ずかしそうに呟いた彼女を見て、顔がほんのりと熱くなる。



 

 何か話さないとと思っていると、店員さんがジンジャーエールと唐揚げを運んできた。

 しかし、机の上に置かれた唐揚げは2皿。不思議に思って吉田さんの顔を覗くと、彼女は俯いて控え目に左手をあげた。



「……犯人は私です……」


 おそらく俺が来る前に唐揚げを頼んでいたのだろう。それが同じタイミングで来たわけか。


  

「……そうですか、署まで同行願います」


「そ、それだけは……。どうかこれで見逃してくださいっ」


  

 彼女は自分のすぐ手元にあったフライドポテトの皿を、こちらにスッと差し出してきた。


 

「……仕方ない、大目に見てあげます」

 

「あ、ありがとうございます……!」


 

 茶番を終えてポテトをつまむと、なるほどこれは美味しい。冷めていてもホクホクで俺の顔もホクホクになる。吉田さんが幸せそうな顔だったのも頷ける。


 2皿届いてしまった唐揚げはというと、1皿ずつ食べるのが妥当だと思い、片方の皿を吉田さんの方に寄せてあげた。すると彼女はお礼を言って、目をキラキラさせながら早速1つ口に入れた。


 

「ん~、おいしっ。……安西くんも食べてっ」


 

 いただきますと手を合わせ、俺も自分の方にある皿から取った唐揚げを1ついただく。

 たしかに揚げたてジューシーで、味付けも抜群だ。


 

「んんっ、美味しい」


「でしょ? 私、ここの唐揚げが好きな食べ物ランキング第二位なの」


「そうなんだ。じゃあ、三位は?」


「えっ、普通一位の方訊くよね?」


「そこはグッと我慢したんだよ」

 

「も、もー。我慢しないでよっ」


「あはは。じゃあ一位教えて?」 


「へへ。……えっとね、私が一番好きなのは……笑安しょうあんってお店の和菓子!」


「…………え?」


 

 笑安……それは聞いたことがある店名だった。俺もよく知っている店だ。いや、なんなら誰よりもその店のことは知っているのかもしれない。


 

「あっ、安西くん知らなかった??」 


「いや、よく知ってるよ。そこ、俺の実家だし」


「…………え!?」 


 

 彼女は自分の口を押さえて目を見開いた。


 

「ほ、ほんとにっ?!」


「ほんとほんと」


「……そ、そうだったんだ……。ま、まさか御子息様だったとは……」


「御子息って……。ただの息子だけど」


「……でもっ! あそこのお菓子、いつでも食べられるんでしょ? 羨ましすぎるっ!」


「まぁそこに関しては、あの家に産まれてよかったのかも」


「そうだよ安西くん、もっと感謝しなきゃだよ!……笑安さんのお菓子は見た目も華やかだし、味もすごく良いよね。甘過ぎなくて食べやすいし、口当たりも気持ちいいぐらいで。他のお店には真似できないっていうか……」


 

 嬉しそうに語る吉田さんを見ていると、本当にうちのお菓子が好きだという事がよく伝わってくる。作っているのは自分ではないが、ここまで褒められると俺まで嬉しい気分になってしまう。


 

「私、笑安さんの和菓子が好きすぎて。あんなお菓子が作れるようになりたくて、将来は和菓子職人を目指そうと思ってるの」 


「そっか、そんなに……。そこまで言ってもらえるなんて父さんも職人冥利に尽きるだろうね。代わりにお礼を言うよ、ありがとう」


「いや、私は好きなだけで……。安西くんは、お店継ぐの? 安西くんが継いでくれたら、私も嬉しいんだけどな」


「いや、そのつもりはないんだ。……俺はパティシエになりたくて」


「パティシエ? 和菓子屋の息子なのにっ??」

 


 吉田さんは驚くと同時に身をのりだし、興味津々な様子でこちらを見つめた。

 

 

「そうだよ。まぁ、変だよね」


「いや、全然そんなことないよっ。すごくいいと思うっ」


「そう?……ていうか、なんでそんなに嬉しそうなの?」


「い、いや、なんでもっ。でもどうしてパティシエなの?」


「それは……」

 


 パティシエを目指すようになった理由は、恥ずかしくて誰にも言った事はなかった。

 しかし今日初めて会った吉田さんに、何故か分かってもらえそうな気がして。初めて誰かに話してみようと思えた。

 

 

「うちは和菓子屋だから普段洋菓子は買わないんだけど、昔、母さんの誕生日にケーキを買った事があって。その時贈り物をするのが初めてだったから、何を買ったらいいか分からなくて、近くにあったケーキ屋でケーキを買ってみたんだ。バレたら怒られるから、父さんには内緒でね。……でもそれが母さんにはすごく喜んでもらえてさ。こんなに誰かを幸せにできるんだな、ケーキってすごいって、思ったんだ。……単純だけど、それがきっかけ」


「そうなんだ……。すっごく素敵な理由だね。……でも私のがただの食いしん坊みたいで恥ずかしいよ」


「あはは。そんなことないよ。好きなものを追いかけるのも素敵なことだと思う」 

 

「そ、そうかなぁ……。えへへ」


 

 吉田さんは恥ずかしそうに、またジンジャーエールを1口だけ飲んだ。


 

「俺、そのケーキ屋のケーキが好きで、今でもそこで買うことが多いんだけどさ。そういえば、そこ"ヨシダヤ"ってお店なんだよね。吉田さんと同じ名前だね」


「…………えっ。……それ、うちのお店」 


「……え?」


「うちの実家、ケーキ屋なの! ヨシダヤっていう!」 


「……そ、そうだったんだ」


  

 驚きだ。

 たまたま合コンで知り合った子が、大好きなケーキ屋の娘だった。

 

 俺たちは1秒ほど見つめ合った後、一緒になって吹き出した。


 

「…………ぷっ、ぷははっ」


「はははっ。……まさかお気に入りのお店の御息女だったとは」


「ただの娘なんだけどね?」

 


 俺たちは偶然が重なったことに驚きつつもしばらく笑い合った。

 


「あ~、こんなこともあるんだね、ふふ。……ていうか、私たちって正反対だよねっ。……和菓子屋の息子の安西くんがパティシエになりたくて、洋菓子屋の娘の私が和菓子職人になりたくて。それで影響されたのがお互いの実家って……」


「ほんとだね。ヨシダヤさんのケーキの方が、絶対美味しいのに」


「いやいや、笑安さんのお菓子の方が絶対に美味しいよ」

 

「あ、じゃあ今度さ、うちの余った和菓子あげるよ」


「え?」



 しまった……。

 勢いで口走ったが、よく考えると今日初めて会った俺たちに今度なんてなかった。

 その事にすぐ気が付き、「いつか会えたら」なんてダサい言い訳を付け足そうとすると、彼女はニッと笑って返事をした。


 

「いいねそれっ。私もケーキ持っていくよ。ひみつの取引だねっ」


「……たしかに、親にバレると怒られそうだからコッソリやらないと」

 

「うふふっ、私も気を付けないとな~」


 

 吉田さんはちっぽけな企みを想像して嬉しそうに微笑んでいる。

 さっきよりも距離は近づいて彼女と仲良くなれたはず。それなのに、俺の気持ちはなんだか落ち着かなくなってきていた。


 

 2人だけの合コン。

 最初はどうなるかと思っていたが、吉田さんとは楽しく食事できたと思う。

 お菓子の話で盛り上がり、1時間程の比較的短い時間で俺たちは一緒に店を出た。


 

「美味しかったね。でも、俺おごるって言ったのに」


「そ、そんなことできないよっ。今日たまたま会っただけなんだから」


 

 少しカッコつけようとしたのだが、こうやって断られると逆にダサいような……。

 でも、吉田さんのこの取り繕わない優しさにはホッとするし、素直に嬉しい。


 

「たまたまって言っても、合コンとして仕組まれてたんだし、友達の思うツボだよ」 


「え?」


 

 時間を見ようとポケットからスマホを取り出すと、画面にはいくつか通知がきていた。今日合コンをセッティングした友人からだ。


 

『まだついてないのか?』

『先始めるってよ!』

『おーい、生きてるか~?』


 

 俺は店の看板を見上げる。

 ……言われた通りの店名、場所は間違っていない。たしか時間も合ってたよな。


 そして吉田さんの方を向いて確認した。


 

「吉田さん……今日って、合コンだよね……?」


「え?合コン?何の話?」

 


 彼女は急に出てきた単語が何かを理解できていないらしく、不思議そうに首を傾げている。


  

「……じゃあ……吉田さん、もしかして1人で食べに来てただけ……?」 

   

「そうだよ?……えっ、もしかして安西くん、合コンのつもりだったの?」


「……うん……。友達にどうしてもって頼まれて」


「じゃあ私たちが相席したのって……」


「たぶん店員さんの勘違い……だね」

  

「…………ふっ、ふふっ」


 

 吉田さんは吹き出して肩を揺らしながら笑った。


 

「あはははっ、それで安西くん、話しかけてきてくれてたんだね」


「だ、だって、合コンって話さないといけないものだと思ったから」


「そういうことだったんだね。ふふっ。私、混んでるから相席になるかもって言われてたんだよね。だから知らない人が向かい側に座ってきたってだけだと思ってたよ」


「じゃあ俺めっちゃ変なやつじゃん……」


「最初、ナンパされたのかと思いました」

 

「うわぁ……ごめん、絡んじゃって」 


「いいんだよ、楽しかったから。1人で食べるよりずっと美味しかったし!」


「まぁ、それならよかったよ。俺も楽しかったし、付き合ってくれてありがとう」


「ううん、私の方こそありがとっ」


 

 彼女の可愛らしい笑顔を見ると、あの時勇気を出しておいて良かったと心の底から思えた。

 出会いは勘違いからだったが、こうして話せるような仲になったのは友人のおかげだ。合コンに行かなかったことは後で謝っておこう。


  

「でもたしかに、吉田さんみたいな子が合コンに来てるのはおかしいよね。話しやすくていい子だし、まずは恋人がいない前提を疑うべきだった」

 

「そ、そんなことないよっ。……それに……私、彼氏とか、いないよ……?」


 上目遣いで恥ずかしそうに見つめてくる彼女。真っ暗な周りに反して、その目には街灯の明かりがキラリと反射している。頬がほんのり赤くなっているように見えるのは、店の上で灯っている提灯の明かりのせいだろうか。

 


「……あっ、えと、変な意味ではっ。……あぁ、なんか少し暑いかも。……飲みすぎちゃったかな」


「ジンジャーエールなのに?」


「……もう、そこはさらっと受け流してよっ」



 俺たちは店の前から動けずにいた。合コンじゃないと分かった今、吉田さんは俺に付き合ってくれる義理はない。本当はいつだって解散してもいいはず……。


  

「……吉田さん、この後時間ある?」


 

 勇気を出して提案する。


  

「うん、あるよ」


 

 彼女は待っていたかのように、迷わずシンプルな返事をした。


  

「じゃあ夜パフェ食べにいかない?」


「……行きたいっ!」


 

 2人で並んで夜の道を歩き出した。ついさっきまで知らなかった人と、2人で。


 

「俺はチョコバナナパフェにしようかな」


「え~、ここは宇治金時パフェでしょ~」


「それは今度の楽しみにとっておくよ」


「安西くん、躱すのが上手くなってきたね」  


「合コンが終わって肩の荷がおりたんだよ」


「あははっ。最初から合コンなんて行ってないのに?」





──────────────



☆あとがき☆


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