孤高の氷山

神代 不月

第1話

目が覚めると、そこは病室だった。ほのかな薬の香りと、布団からの柔軟剤の香りが入り交じって、なんだか居心地が良かった。

「おや、目が覚めたんだね」

白衣を着たその女性は、僕の頬を撫でて言った。手触りが暖かくて、まるで夢の中に迷い込んでしまったようだった。まだ起きたくないな、とも思った。

しかしそんな感傷深い思いもつかの間。そもそもここはどこであろうかという疑問がうかんだ。

「あなたは?誰ですか、ここは、どちらの物ですか?」

もしもここが人のものであらば、僕は捕虜になって情報を吐かされるだろう。もしもここが妖のものであれば、僕は縛られ崖に吊るされるだろう。ではどこでならば生き延びることができるか。それは…

「ここはね、半人間、半妖怪、要するにハザマのものたちがあつまる組織だよ。人間と、妖怪の間を取り持つ、通称ミゾレ。」

"ミゾレ"それは僕がいてはいけないもうひとつの組織だ。

「君は?君はどこから来たの?」

答えてはいけない。反射的に右肩を隠した。もしも、もしも僕の正体が知られればこの場ですぐに殺されるか、それよりももっと酷い目に会うだろう。

「僕は、ただの人間です。助けてくれて、ありがとうございました。では、僕はここで。」

立ち上がろうとした僕の肩を彼女の右手が掴んだ。

「君、呪術会の子でしょ?それに、君もハザマなんだね。」

心臓が大きく跳ね上がる。喉に息が詰まる。苦しい。胸が痛い。殺される。いや拷問される。

封印の札をとろうにもどこにもない。さては回収されたか。

「何もしないよ。私は、半分は人だからね。人も、妖怪も、大好きだからね。」

涙が滴り落ちた。人の優しさに触れた。妖の優しさに触れた。その女性からは柔軟剤の香りが、

ほのかに香った。

「たす、けて」

声を絞り出した。喉が震えた。それでも、助けを乞うた。


僕が呪術会に入ったのは齢12の時だった。妖から逃げて、駆け込んだのが呪術会だった。

元々僕には親がいなかった。いや、正確に言うと僕の父は、僕が3つの時にぼくをすてた。僕は父親しか知らないものだから、この16年間自分を人間だとして疑わなかった。だから、あの日もいつものように、依頼を受け妖を払い、その帰りだった。僕の手に氷が出現した。それはぼくが妖である、印となった。


「君、名前は?」

白衣の女性が尋ねた。僕は静かに黙っていた。

「妖名でいいよ。私は夜空。妖力は、空気の妖だよ。」

僕はおそるおそる答えた。

「僕は、氷華。妖力は、氷の妖。」

ふっという息声とともに夜空は笑った。

「氷華、ミゾレへようこそ!」

僕の冷たい手。それが自らの業だった。

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孤高の氷山 神代 不月 @6196131114

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