第17話 協力者


「……混血で、姉弟?」


 俺が問い返すと、トラはバツが悪そうに頭を掻き、クロは沈痛な面持ちで小さく頷いた。

 誤解が解けた俺たちは、街道から少し外れた森の奥、焚き火を囲んでいた。壊れた馬車の残骸と散乱した商品は、ひとまず俺のインベントリに収納済みだ。その収納を目の当たりにした時点で、トラたちの俺を見る目は「警戒」から「値踏み」へと目まぐるしく変化していた。


「せや。正確には、五年前に滅びた亜人の国――『サイラム王国』の生き残りや」


 トラの声から、先ほどまでの陽気な商人としての響きが消え、重く静かなものに変わっていた。


「サイラム王国……聞いたことがないな」


「兄ちゃん、世間知らずにも程があるで……と言いたいとこやけど、まあ無理もないか。人間の国じゃ、獣人の国が地図から消えたことなんて、昨日の天気よりどうでもええ話やからな」


(いや、そういうわけじゃないんだけどな……)


 異世界から来たからこの世界の常識に疎い、とは言えず、俺は困ったように苦笑するしかなかった。トラは自嘲気味に鼻を鳴らし、焚き火に枯れ枝を放り込む。

 パチリ、と爆ぜた火の粉が闇に舞った。


「五年前、帝国を中心とした人間たちの連合軍によって、ウチらの国は滅ぼされた。男は殺され、女子供は奴隷として売り払われた。……ウチとクロは、元々国の『耳』と『牙』――ま、諜報員みたいなことをしとったから、なんとか逃げ延びたんやけどな」


 諜報員。なるほど、ただの商人にしては肝が据わっているし、クロの身のこなしに無駄がないのも頷ける。


「生き延びたウチらは、散り散りになった同胞を集めることにした。でも、ただ探して回るだけじゃ埒があかん。人間社会に溶け込み、情報を集め、金で買い戻す。そのためにウチらは、あえて同胞を買い取る『奴隷商』になったんや」


 トラがちらりと横を見る。

 首輪をつけられたクロは、無言のまま姉を見つめ返した。弟が奴隷を演じ、姉が主人を演じる。屈辱的な茶番だろうが、それ以外に同胞を救う術がなかったのだ。


「……事情は分かった。あんた達も、苦労してるんだな」


「同情はゼニを産まんで、ハルカはん。……で、本題や」


 トラは商人の顔に戻り、焚き火越しに鋭い眼光を俺に向けた。


「アンタ、さっき『森にいる獣人たちを匿っている』言うたな? 養い子様もそこに嘘はないな?」


「ああ」


「我々、妖精はイタズラはすれど、嘘はつかぬよ」


 俺とピムの言葉に、トラはクロと顔を見合わせ、ひとつ頷いた。


「ほんなら、ウチらと手を組まへんか? アンタが匿ってる獣人の中には、ウチらが探してる同胞もおるかもしれん。逆に、ウチらが持ってる情報は、アンタの役にも立つはずや」


 願ってもない申し出だ。

 即座に頷こうとして、ふと脳裏をよぎった考えに、俺は口元を歪めた。


「いいだろう。だが、条件がある」


「条件? 金か?」


「いや、金はいらない。俺が欲しいのは『黒犬』という集団の情報。そして……俺たちがこの冬を越すための協力だ」


 その名を口にした瞬間、場の空気が凍りついた。


「黒犬ぅ? けったクソ悪い名前が出てきたな。あいつらがなんぞしよったんかいな?」


 トラとクロは盛大に顔を顰め、汚いものを吐き捨てるように言った。


「知っているのか?」


「知っとるも何も、ウチらの天敵や! なんや、あいつらこんなところに来とったんかい」


 トラによれば、『黒犬』はサイラム王国の侵攻の際に戦功を立て、規模を拡大した傭兵団らしい。


「あいつらが来とるっちゅーことは、ウチらの目的の人もおる可能性があるな」


 トラが顎に手を当てて、思案げにつぶやいた。


「俺たちは、春になったら拠点を出て、もっと安全な土地へ移動するつもりだ。精霊王が用意してくれた肥沃な土地へな。そこで、獣人たちが安心して暮らせる街……いや、国を作る」


「国……を作る?」


 トラが呆気にとられたように口を開く。クロの眉もピクリと動いた。


「大仰に聞こえるかもしれないが、俺には守るべきものがある。そのためならいくらでも命も苦労も背負うつもりだ。だが、この腐った世界で安心して暮らすには力が足りなさすぎる」


 視線を落とし、自分の手のひらを見つめ、強く握り込む。

 自分一人ならどうとでもなる。だが、俺は背負うと決めた。ならば、理不尽を跳ね除ける絶対的な力がいる。


「そのためには今の拠点を守りきり、冬を越さなきゃならない。……今、俺たちの拠点に向かっている『黒犬』を、完全に叩き潰しておく必要がある」


「叩き……潰す? 追い払うんやなくてか?」


「ああ。中途半端に撃退しても、奴らは必ず報復に来る。こちらの情報を持ってな。だから……」


 俺は言葉を切り、冷徹な響きを込めて告げた。


「一人残らず始末する。再起不能になるまで徹底的にな」


 トラが息を呑む気配がした。

 狂気じみた提案だと思ったかもしれない。だが、俺は本気だ。リファやルイ、そして出会ったばかりの虐げられた人々を守るためには、降りかかる火の粉は元から絶たねばならない。


「……ハッ、あははははっ!」


 突然、静寂を破ってトラが腹を抱えて笑い出した。


「おもろい! ほんまにおもろいわ、アンタ! 人間やのに亜人のために国を作るやなんて、お伽話の英雄か、頭のネジが飛んだ大馬鹿野郎のどっちかや!」


 ひとしきり笑った後、トラは涙を拭いながら、獰猛な笑みを浮かべた。


「ええで、乗ったる。その『黒犬』はな、ウチらにとっても目の敵なんや。あいつら、手当たり次第に亜人を狩って、質の悪い薬漬けにして売り飛ばす外道共やからな。……潰せるもんなら、喜んで手を貸すわ」


「交渉成立だな」


 俺が手を差し出すと、トラはその小さな手で力強く握り返してきた。

 小さくも、タコのある硬い掌だった。


「ほな、まずは情報提供や。『黒犬』の傭兵の規模やが、20人から30人ってとこや。しかもあいつらの仲間の中には貴重な魔術師もおるちゅーはなしや」

 

「魔法使い?」


「ああ、戦場魔術師ウォーメイジの類や。戦争で使う攻勢魔術を使う奴や」


 その言葉に眉をひそめた。

 俺が作った石壁は強固だが、魔法的な衝撃に対してどこまで耐えられるかは未知数だ。もし壁を破られれば、数の暴力で押し切られる。


「……厄介だな。壁に頼り切る戦法はリスクが高いか」


「せやろ? それに奴らのリーダー、『狂犬のボルグ』は元Aランク冒険者で、戦斧の使い手や。まともにやり合うのは分が悪い」


「なるほど。……なら、向こうが攻めてくる前に、こちらから仕掛けるしかないな」


「は? 仕掛けるって、たった一人でか?」


 トラが目を丸くする。

 俺はニヤリと笑い、立ち上がった。


「一人じゃないさ。俺には優秀な協力者アンタらと、とびきりの『裏技』がある」


 俺はインベントリを開き、先ほど収納した「壊れた馬車」の残骸を取り出した。

 ガシャン、と重たい音を立てて積み上がる木片と車輪。


「なぁ、トラ。この馬車、直ったらすぐに都市まで移動できるか?」


「直ったらって……車軸がいかれとるし、車輪も逃げれんように斧でバラバラにされとるんやで? この森で修理なんて、職人おっても部品があらへん……」


「見てろ」

 

 脳内で設計図を展開する。

 元の形状へ戻すだけじゃない。耐久性を上げ、サスペンションを強化し、悪路でも滑るように走破できるように改良を加える。


 ――クラフト、開始。


 光の粒子が木片を包み込み、まるで時間が巻き戻るかのように、あるいは生き物が急成長するように、馬車が形を成していく。

 折れた車軸は鉄と融合して強靭になり、車輪にはゴムに似た樹脂素材がコーティングされる。

 数秒後。

 そこには、新品同様――いや、元のボロ馬車とは似ても似つかない、重厚かつ機能的な装甲馬車が鎮座していた。


「な……なん……じゃ、これ……!?」


 トラが腰を抜かさんばかりに驚き、クロさえも口を半開きにして固まっている。

 ピムだけが「えっへん!」と、なぜか自分が褒められたように胸を張っていた。


「これが俺の力だ。物資も、武器も、拠点も、俺なら一瞬で作れる」


 俺は呆然とする姉弟を振り返った。


「『黒犬』が魔法使いとやらを連れてくるなら、俺たちはそれ以上の『理不尽』で迎え撃ってやる。……協力してくれるんだろ? 元諜報員さん」


 トラは震える手で馬車のボディに触れ、その冷ややかな鉄の感触を確かめると、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞳に宿っていたのは、もはやただの協力者としての光ではない。

 絶望の底で、ありえない希望を見つけた縋るような光だった。


「……ああ。アンタになら、賭けられるかもしれん。ウチらの悲願、サイラムの再興も……夢物語ちゃうかもしれんな」


 トラはニカっと笑った。


「よっしゃ! ほな行こか、ハルカはん! 城塞都市へ殴り込み! といきたいところやけど、この馬車をまずは偽装せんとなぁ」


 トラはそう言うと指を噛み切り、滲んだ血で出来上がったばかりの馬車の表面に、不思議な紋様を描き始めた。


「何をしてるんだ?」


 横に立つクロへと問いかける。元々そういう性分だったのか、クロは無愛想に腕を組みながら答えた。


「あの馬車では目立つ。だから、これから元のボロ馬車に見えるように幻術をかける。姉はそっちの力を持ってる」


「そっちの力?」


「魔法だ」


 トラは一通り描き終えて、一度馬車を見て回り、納得したように頷く。


「夜に潜むは森の影、葉のようにヒラヒラと積もり、蔦が覆い、その姿を隠せ!」


 トラが朗々と詠唱すると、つい先ほど完成したばかりの装甲馬車が緑の光に包まれる。端から現実が歪められるように、今にも朽ちそうなボロ馬車の姿へと上書きされてゆく。


「すげぇ! 魔法ってのはこんなことできるのか! というか、魔法使いだったんだな」


「えらい褒めるやないの。お姉さん照れるわ。ウチは見た目が獣人の血が薄い分、精霊様の力が強いんよ」


「精霊様? 獣人の血がなんか関係してるのか?」


「それは今度、個人授業で教えたるわ。今はな?」


 トラはイタズラっぽく目を細め、舌先で唇を湿らせると、じっと俺を見つめた。

 その色気を孕んだ仕草に、思わず心臓が跳ねる。


「……時間がないのだろう?」


 呆れたようにクロが助け舟を出した。

 俺がホッとした表情を浮かべると、ケラケラと楽しそうにトラが笑った。



◇◆◇◆◇◆◇



 城塞都市へと辿り着くと、例の門兵は当番ではないようで、見知らぬ衛兵が城門を固めていた。

 辺境における人類の最重要拠点であり、高い城壁と堅牢な門を持つこの都市は、表向きは対魔物の防衛線として機能している。だがその内情は、欲望と搾取が渦巻く掃き溜めのような場所だ。数日程度で変わるはずもなく、相変わらずだらけた衛兵は、目を欲にギラつかせていた。


「通行料。銀貨10枚だ。そっちの護衛の分も合わせてだ」


「はいはい、毎度お勤めご苦労さんですぅ。これ、少ないですけど取っといてください」


 トラが慣れた手つきで正規の通行料に数枚の銅貨を上乗せして渡すと、仏頂面だった衛兵の頬が緩んだ。

 俺はフードを目深に被り、クロと同じく「商人の護衛」として無言で後ろに控える。トラの魔法のおかげで、今の俺はありふれた『金髪』に見えているはずだ。


「よし、通れ。……おい、そっちのデカブツ。街中で騒ぎを起こすなよ? 亜人の首なんて、ここでは犬の糞より価値がないからな」


「…………」


 クロがギリリと奥歯を噛み締める音が聞こえたが、彼は決して顔を上げなかった。

 俺たちは無事に検問をパスし、喧騒と腐臭が渦巻く都市の中へと足を踏み入れた。

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クラフトゲーマーは王国をクラフトする! おんせんみかん @onsenmikan

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