第16話 運のない商人


 夜明けまでの時間は短かったが、俺にとっては十分だった。

 『クラフト』スキルが唸りを上げる。

 思考を加速させ、脳裏に浮かぶ青写真を次々と現実の物質へと置換していく。


「まずは視界の確保だ」


 石壁の四隅に、監視用のやぐらを隆起させる。

 壁の上部には、身を隠しながら射撃が可能な、木材と鉄板を合成した『矢盾』を等間隔に配置した。

 そして、要となるのが迎撃手段だ。


「ガルド、これを試してくれ」


 俺が渡したのは、木と鉄の複合材で組み上げた『クロスボウ』だ。

 通常の弓は扱いが難しい。熟練者でなければ狙いも定まらないが、クロスボウなら引き金を引くだけで一定の威力を担保できる。腕力のある獣人なら、弦を引く装填作業も苦にならないはずだ。


「……また奇妙な武器だな。だが、構えやすい」


「平地なら弓の方がいいんだろうが、この遮蔽の多い森だと、矢をつがえたままでいられるクロスボウの方が取り回しがいい」


「なるほど。それに狙いやすいのもいい。これなら女衆も戦力にできる」


 ガルドが試し撃ちを行い、数十メートル先の木の幹を正確に貫く。その威力を確認すると、俺は即座に量産体制に入った。

 クロスボウを三十丁、鉄製の矢(ボルト)を五百本。

 さらに予備の剣や槍の生成、防具の修繕。

 素材が尽きるギリギリまで手を動かし続け、空が完全に白む頃――拠点は難攻不落の要塞へと変貌を遂げていた。


「……呆れたな。俺は幻でも見せられているのか?」


 一夜にして出現した防衛設備を見上げ、ガルドが深い溜息をつく。

 俺は額の汗を拭い、大きく息を吐いた。


「これで、俺がいない間も最低限の戦いはできるはずだ。使い方はお前が教えてやってくれ」


「ああ、任された」



◇◆◇◆◇◆◇



 出発の準備が整ったところで、俺はリファとルイを起こした。

 二人は、朝から武装した俺の姿を見て、何かを察したように体を強張らせた。


「ハルカ……!? また、何かあったのね?」


 リファが不安げに尋ねてくる。

 俺は二人の前に膝をつき、視線を合わせた。


「ああ。少しの間、この拠点を離れることになった。悪いが、留守番を頼めるか?」


「やだ! ハルカ、いっちゃだめ!」


 ルイが足にしがみつく。その瞳には涙が溜まっていた。

 俺はルイの頭を優しく撫でる。


「ルイ、すぐに戻るよ。約束する。それに、俺がいない間はガルドたちが守ってくれる。ここには頑丈な壁もあるからな」


「でも……でもぉ……」


「ルイ」


 リファが静かに、しかし凛とした声で妹を呼んだ。


「ハルカ、何があったか教えて?」


 リファが強い意志の籠った瞳で見つめてくる。

 俺は昨夜の襲撃について、人を殺したこと以外は包み隠さず伝えた。

 リファは自らの不安を押し殺すように胸の前で手を組み、俺を真っ直ぐに見つめ返す。


「どうして……どうして! そっとしておいてくれないの……私達は静かに暮らしたいだけなのにっ!」


 悔しそうに唇を噛み締め、胸元で固く拳を握るリファ。


「気持ちはわかる。でも、このままここにいるだけじゃ、食いものにされるだけだ。リファ……これが終わって、春が来たら別の場所にみんなで行こう。俺に当てがあるんだ」


 俺は精霊王の言葉を思い出しながら、リファを安心させるように努めて明るく語った。


「肥沃な大地があるらしい。そこに獣人たちも連れて、みんなで街を作ろう。あの城塞都市みたいな腐った場所じゃない。みんなが笑顔で過ごせる街だ」


「そこで俺が色んなものを作って、一緒に畑を耕して、そしていっぱい楽しもう。きっと、三人ならどこでだって楽しめるさ」


 言葉にしながら、まるで創作モノの死亡フラグのようだと内心で苦笑する。


「ふふっ……ふふふふっ、本当に楽しそう……そうね。わかったわ。ハルカ。約束して……絶対帰ってきて! 約束だから。私、まだ約束を果たしてもらってないから!」


「ああ! 大丈夫だ。必ず帰ってくる。待っていてくれ」


 二人の頭をもう一度撫でて立ち上がる。


(そうだ。クラフターを舐めるなよ! フラグを立てるも折るも、俺の自在にしてやらぁ)


 俺は昨夜、衰弱していたピムを見下ろした。

 ピムはタオルを蹴飛ばし、器用に鼻提灯まで膨らませて気持ちよさそうに眠っている。どうやら一晩寝て、サイズこそ縮んだままだが衰弱は回復したらしい。

 カゴの中のピムの額を指で突つくと、鼻提灯が割れて、うっすらと目が開いた。


「ピム、体調はどうだ?」


「うむ! 一晩寝ればすっきりじゃ!」


 昨晩の姿が嘘のように、ピムはその場でフワリと宙返りをして見せた。


「ピム、精霊王に伝えてくれ。依頼は受ける。あんたの言う通りだってな」


「うむ! 確かに伝えたぞ! 精霊王様からの伝言なのじゃ。『期待している』とな」


 どうやらリアルタイムで思念のやり取りができるらしい。

 リファ達は、俺とピムとの会話が聞こえず不思議そうに首を捻っている。


「そうか。なるべく善処するよ。ピム、お前には俺についてきてほしい。戦いには参加させないが、万が一の時の伝令役が必要なんだ」


「よかろう! この風の妖精の力を持ってすれば、どのような距離でも一瞬でいけるぞ」


 ピムが胸を張る。頼もしい限りだ。

 俺はガルドと、集まった獣人たちに片手を上げて別れを告げた。


「じゃあな。なるべく早くに戻る。それまで死ぬなよ」


「お前もな。……武運を」


 ガルドの言葉を背に受け、俺とピムは朝霧の立ち込める森へと足を踏み入れた。



◇◆◇◆◇◆◇



 森の中の移動は、予想以上にスムーズだった。

 『気配察知』と『マップ』で魔物を回避し、道なき道をピムの先導で進む。

 森の植生や抜け道を熟知しているピムと、身体強化でステータスを底上げしている俺の脚力を持ってすれば、三日の道程も半日で踏破できた。

 休憩を程よく挟みながら、日が傾く頃。

 鬱蒼としていた木々の密度が下がり、前方から明るい光が差し込んできた。


「ハルカよ。もうすぐ森を抜けるぞ!」


「ああ、数日振りの人里だな」


 速度を緩め、森の出口へと近づいていく。

 だがその時、俺の『気配察知』が鋭い反応を拾った。


(……なんだ? この数は)


 即座に『マップ』を展開する。

 街道上に、複数の赤い点。それらに囲まれるように、二つの白い点がある。

 赤い点は五個。激しく動き回っていることから、戦闘中であることが読み取れた。


「ピム、止まれ。……戦闘音だ」


「えっ? ……あ、本当じゃ! 微かに金属音が聞こえるぞ」


 俺たちは姿勢を低くし、茂みに身を隠しながら街道沿いの崖上へと移動した。

 眼下に広がる光景に、俺は目を細める。

 そこには、一台の馬車があった。

 横転し、車輪が外れかけている。積荷であろう木箱が散乱し、その周囲を薄汚い装備の男たちが取り囲んでいた。


「へっへっへ、観念しな! 獣人といえども、こっちはこの数だぜ?」


「荷物とついでに女だけは頂こう!」


 典型的な野盗の群れだ。

 そして、囲まれているのは……。


「はぁっ、はぁっ……! これ以上、彼女には指一本触れさせんッ!」


 一人の獣人の男だった。丸い耳を持つ彼は、首に太い首輪──おそらく奴隷の証──を嵌められ、体中は傷だらけだ。

 だが、彼はその手に握った長剣を構え、背後の馬車を必死に守っていた。

 馬車の陰には、そこそこ上等な服を着た人間の女が震えながら屈み込んでいる。


(商人の馬車か……。護衛はあの奴隷一人ってところか)


 獣人の剣筋は悪くないが、多勢に無勢だ。疲労と出血で動きが鈍っている。このままでは数分ともたないだろう。


「ハルカよ……どうするんじゃ?」


 ピムが試すような声音で尋ねてくる。

 関われば面倒事に巻き込まれる。急ぎの旅だ、見捨てるのが合理的かもしれない。


 だが──。


「……情報源はいくらあってもいい……よな?」


 俺の『マップ』には、彼らが明確な敵対者(レッドネーム)として表示されている。

 それに、あの獣人の目。

 奴隷でありながら、主を守ろうとするあの気迫。ガルドたちと同じ、仲間を守ろうとする者の目だ。


「情報源が必要だと思っていたところだ。商人と、その護衛……。助けて損はない」


 俺はインベントリから、作りたてのクロスボウを取り出した。


「ピム、お前はここで隠れていろ」


「うむ!」


 俺は崖の縁に立ち、眼下の野盗たちを見下ろした。

 距離はおよそ五十メートル。

 スコープなんて洒落たものはないが、今の俺のステータスなら外しようがない。


「……掃除の時間だ」


 静かに引き金を引く。

 乾いた音と共に放たれた矢は寸分違わず、手前にいた男の背中に突き刺さった。


「ぐぁあぁぁっ!」


「なんだ!? 何者だ!」


 悲鳴を上げて倒れた仲間を見て、近くの男が振り返る。

 その時にはすでに、俺は次弾をつがえたクロスボウを構え、崖から滑り降りていた。

 着地と同時に、振り向いた男の眉間を撃ち抜く。


「敵だよ」


 男の問いに短く答え、俺は地面を蹴った。

 走りながらも射撃スキルの補正は有効だ。三人目の首を矢が薙ぎ払い、どうと倒れ伏す。

 残りは二人。流石にここまで近付くとクロスボウは不利だ。

 俺は背中に吊ってある鉄の槍を引き抜くと、躊躇いなく残党へと突っ込んだ。

 槍術スキルが身体を支配する。

 長柄を頭上で旋回させ、遠心力を乗せた一撃で男の剣を叩き落とし、返す切っ先で喉元を貫く。

 そして最後の一人が剣を構えようとした瞬間、俺は槍を投擲し、その体を地面ごと串刺しにした。

 一瞬で四人が絶命したのを見て、生き残った最後の一人は武器を捨てて跪く。

 逃げても無駄だと悟ったのだろう。


「た……頼む! 命だ……ケペァッ」


 命乞いしようとした男の心臓を、俺は容赦なく短剣で貫いた。


「人を殺そうとしておいて、命乞いなんかするなよ」


 胸に刺さった短剣を引き抜き、吐き捨てるように言う。


「えらい、えげつないなぁ! 自分」


 こっちの世界で聞く初めての方言に顔を向けると、先ほどまで馬車の陰に隠れて震えていた女性が側までやってきていた。


「いやぁ、ほんま助かったわぁ! まさかまさか、ウチの商売人生もここまでかぁ思ったからなぁ! ほんまありがとうやで?」


 死体が転がる中、俺は静かに血のついた短剣を拭い、腰に戻した。

 改めて助けた二人を見る。

 一人は、商人の服装をした小柄な女性。亜麻色の髪を無造作に束ね、吊り目がちの瞳には計算高さと愛嬌が同居している。

 そしてもう一人は、近くで見るとその体躯の厚みと丸い耳は、明らかに熊の因子を持つ獣人だった。


「おおきに、兄ちゃん。えらい強かったなぁ! ウチは行商人のトラ。こっちは護衛兼荷持ちのクロや」


 トラと名乗った女商人は、死体の山を見ても動じる様子なく、むしろ値踏みするような視線を俺に向けてくる。

 熊人のクロは、荒い息を整えながらも、主であるトラを庇う位置から動かない。


「俺はハルカだ。……それにしても、随分と不用心だな。護衛は彼一人か?」


 俺が尋ねると、トラは大袈裟に肩をすくめ、足元の死体の一つを靴先で軽く蹴った。


「あー、それなんやけどな。実はこいつらが、その『護衛』やってん」


「……は?」


「ギルドで雇ったCランクパーティやってんけどな。街道に入った途端、『護衛料より積荷と身代金の方が高そうだ』とか言い出して裏切りよったんよ。ほんま、世知辛い世の中やわぁ」


 ケラケラと笑うトラに、俺は呆れて言葉を失った。

 護衛に襲われる商人がどこにいる。


「……お前、人を見る目がなさすぎるだろ。よく今まで生きてこられたな」


「いやぁ、運が悪かっただけやって! 普段はもうちぃーとマシやねんけどなぁ」


 運がない、で済む話ではない気がするが。

 楽観主義者もここまでくると才能だ。俺は呆れたように彼女を見つめた。



◇◆◇◆◇◆◇



 俺が散らばった荷物を集めるのを手伝っている間、クロが鼻をヒクつかせ、トラの耳元で小さく囁いた。


「……こいつから、同胞の匂いがする」


 その言葉に、トラの目の色が変わった。

 商売人の愛想の良い瞳の奥で、鋭利な刃物のような光が瞬く。


「……ほんまかいな?」


「ああ。それも新しい。……複数の獣人の匂いが染み付いている。それに、あの武器の扱い……タダモノじゃない」


 トラは瞬時に計算する。

 森から出てきた、武装した男。

 獣人の匂いが染み付いている。

 そして、躊躇なく人を殺せる腕前。


(……獣人狩り(ハンター)、もしくは非合法の奴隷商か)


 帝国の辺境では、未だに獣人狩りが横行している。森に隠れ住む獣人を見つけ出し、殺して素材にするか、生け捕りにして売り飛ばす外道たちだ。

 トラは表情筋を総動員して「能天気な商人」の仮面を貼り付け直すと、荷物を運んできた俺に声をかけた。


「なぁハルカはん。さっきから気になっとったんやけど……ハルカはん、ええ匂いさせてるなぁ」


「匂い? ああ、森の中に数日いたからな。汗臭いか?」


 俺が自分の袖の匂いを嗅ぐと、トラはニヤリと笑って首を横に振った。


「ちゃうちゃう。……『獣』の匂いや。それも、極上の」


 トラの声のトーンが、僅かに低くなる。


「ハルカはん、もしかして同業者か? その匂い、ついさっきまで獣人と濃厚に接触しとった証拠やろ。……もし『在庫』があるなら、ウチが買い取ったってもええで? このクロみたいなんは、なんぼおっても困らへんしなぁ」


 それは、あえて相手の懐に飛び込むカマかけだった。

 もし俺が獣人狩りならば、商談に乗ってくるはずだと踏んだのだ。

 だが──その言葉は、俺の逆鱗に触れた。

 脳裏に、怯えるルイや、悔しそうに涙を溜めるリファの顔が浮かぶ。

 そして、目の前の傷だらけのクロ。彼もまた、商品として扱われているのか。


「…………」


 周囲の空気が凍りついた。

 友好的だった雰囲気が霧散し、明確な殺気が場を支配する。

 俺は持っていた木箱を地面に置くと、ゆっくりと腰の短剣に手をかけた。


「……買い取る、だと? お前も、命の価値を金で計るクズかよ」


 感情が消えた絶対零度の声音。

 トラとクロの背筋に戦慄が走る。

 クロが即座にトラの前に立ち塞がり、低く唸り声を上げた。トラも袖口に隠した暗器に指を這わせる。

 一触即発。

 互いが殺し合いに発展する寸前──。


「ま、待つのじゃあぁぁっ!!」


 崖の上から、光の粒と共にピムが飛び出した。


「なっ、養い子様!?」


 トラが目を見開く。

 ピムは俺とトラたちの間に割って入り、必死に小さな手を振った。


「誤解じゃ! 酷い誤解なのじゃ! ハルカは獣人狩りなんかじゃない! むしろ逆じゃ!」


「逆……? どういうことや」


「ハルカは森で弱っていた獣人達を助け、自分の拠点で匿っている恩人なのじゃ! その匂いは、助けた獣人たちと暮らしていた時のものじゃ!」


 ピムの必死の剣幕に、俺は毒気を抜かれて構えを解いた。

 トラもまた、呆気にとられたように口を開けている。


「……ほんまか? その、養い子様が言うなら嘘やないんやろうけど……」


「本当じゃ! それに、そこのお主!」


 ピムはビシッと小さな指でトラを指差した。


「お主からも同じ匂いがするぞ! お主、人間じゃないな? ……人間と獣人の『混血』じゃろ!」


「ッ!? な、なんでそれを……!」


 トラが慌てて自分の体を抱くように隠す。

 その反応を見て、俺は驚いてトラを見た。


「ハーフ……? あいつが?」


「うむ。微かじゃが、同族の気配を隠しきれておらん。それにそっちの熊の獣人も、ただの奴隷じゃないの。血が繋がっておるじゃろう?」


 ピムの『看破』じみた指摘に、トラは観念したように深い溜息をついた。

 そして、憑き物が落ちたような苦笑を浮かべ、両手を上げる。


「……参ったなぁ。妖精眼には勝てへんわ。……すまんかった、ハルカはん。ウチの早とちりやったみたいや」


 トラが頭を下げるのを見て、クロもまた、敵意を収めて深く頭を下げた。

 どうやら、最悪の出会いは回避できたようだ。

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