第20話 崖っぷちの職人たち

スーリが案内したのは、表通りではなかった。


薄暗い路地。壁には落書きが重なり、排水の匂いが漂っている。


「……ここですか?」


リシアが不安そうに訊いた。


「人材斡旋屋ってのは、表じゃ商売できないんだよ」


スーリは肩をすくめた。


路地の奥に、粗末な机が置かれていた。


その前に、中年の男が座っている。痩せた体に、鋭い目つき。


「よお、スーリ。また連れてきたのか」


男がにやりと笑った。


「ラザック。仕事を探してる」


「紹介料は前払い。成否は知らねぇよ」


スーリが笑った。


「相変わらず性格が前のめりだね」


「商売だからな」


ラザックは机の上の帳簿を開いた。


古い名簿に、消された名前がいくつも見える。


アレンはその名簿を見た。


(……追放された職人たちか)


「一つ聞いていいか」


アレンが口を開いた。


ラザックは顔を上げた。


「お前は元ギルドの人間だろ。それなのに、なぜ斡旋屋をやってる?」


ラザックは数秒黙った。


「……お前、何を見てる?」


「名簿の消された名前。ギルドから追い出された職人の匂いがする」


ラザックの目が細くなった。


「……鋭いな。スーリ、こいつ何者だ?」


「さあね。あたしも知りたいくらいだよ」


ラザックは溜息をついた。


「まあいい。腕のある奴を見つけたいなら、こんな裏路地に来るしかないだろ」


-----


ラザックは帳簿をめくりながら、都市の事情を語った。


「最近は厳しいよ。商人ギルドの資格がないと仕事を得られない。税の高騰で店が潰れて、職人が流れ出てる」


「流れ出た職人は、どこへ?」


アレンが訊いた。


「あちこちさ。ギルドに入れない奴は、裏で仕事を探すか、辺境に逃げるか」


ラザックは溜息をついた。


「腕はあっても、人間的に問題がある奴が多い。そういう連中を紹介するのが、俺の仕事だ」


アレンはラザックを見た。


悪人でも善人でもない。都市の歪みを見てきた大人の目だった。


-----


「で、何を探してる?」


「鍛冶屋、医者、大工。腕が確かで、辺境に来てくれる奴」


「辺境か」


ラザックは顎を撫でた。


「難しいな。腕があれば都市で仕事がある。辺境に行くのは、都市で食えなくなった奴だけだ」


アレンが静かに言った。


「リシア、お前が判断しろ」


「え……?」


「お前は交渉役だ。村に必要かどうか、お前が決める」


リシアは緊張した。


スーリがにやりと笑った。


「あたしは助けないよ。実戦で学ぶのが一番早いからね」


リシアは深呼吸した。


(……みんなが待ってる)


-----


ラザックが三人の人物を紹介した。


最初は、フィリアという女性だった。


「元領主家の農場管理人だ。経験は豊富だよ」


フィリアは四十代半ば。背筋が伸び、どこか威圧的な雰囲気がある。


「辺境村? どの程度の規模?」


「百三十人ほどです」


リシアが答えた。


フィリアは眉をひそめた。


「……小さいわね。私の経験を活かせる場所とは思えない」


「でも、農業の知識が──」


「給与は銀貨三十枚。それ以下なら、話にならないわ」


リシアは言葉を失った。


アレンが口を開いた。


「申し訳ないが、条件が合わない」


「そう。では、失礼するわ」


フィリアは立ち去った。


リシアは呟いた。


「……腕は確かなんだよね?」


「腕だけで村は守れない。村の価値観と合わない人間を入れれば、必ず軋轢が生まれる」


アレンの声は静かだった。


だが、胸のどこかが重かった。


正しい判断だ。それは分かっている。でも、リシアの気持ちも分かるからだ。


-----


次は、フェルンという男だった。


元冒険者で、治癒魔法が得意だという。


だが、会った瞬間、酒の匂いがした。


スーリが小声で言った。


「酒の匂いがする? こいつ、朝でも晩でも酒の匂いしかしないよ」


「おう、仕事か? 辺境でも酒があれば行くぜ」


リシアは躊躇した。


フェルンは治癒魔法が得意だという。村には必要だ。


(でも……)


アレンは静かに見ている。判断を委ねられている。


リシアは深呼吸した。


「……ごめんなさい。条件が合いません」


「あ? まあいいけどよ」


フェルンは肩をすくめて去っていった。


リシアは少しだけ、判断に自信が持てた。


スーリが満足そうに頷いた。


-----


最後は、ジオという若い男だった。


木工職人で、真面目そうな顔をしている。


「辺境村ですか……」


ジオは考え込んだ。


「正直、興味はあります。都市より、必要とされる場所で働きたいと思っていました」


リシアの目が輝いた。


「本当ですか?」


「はい。設備が足りないなら、自分で整えます。腕には自信があります」


アレンは観察した。目に嘘はない。技術への自負も本物だ。


「ただ……」


ジオの声が沈んだ。


「母が病気なんです。今は動けない。せめて半年……いや、一年待ってもらえれば」


沈黙が落ちた。


ジオは少し考え込んだ後、付け加えた。


「それに……正直、辺境は怖いです。魔物の噂も聞きますし」


リシアは引き止めたかった。この人なら、村に合うかもしれない。


だが、アレンが静かに言った。


「……待つことはできない。村の状況が、それを許さない」


「分かっています。すみません」


ジオは頭を下げて去っていった。


リシアは呟いた。


「……残念だな。いい人だったのに」


リシアは唇を噛んだ。


「でも……あの人、お母さんのこと気にしながら働くのは辛いですよね」


アレンは少し驚いた。


「そうだな。無理に連れてきても、村のためにもならない」


リシアは小さく頷いた。


(……少しだけ、分かってきた気がする)


ラザックがぼやいた。


「アンタら、意外と見る目が厳しいな……」


-----


三人の面接が終わった後、アレンが言った。


「よくやった。三人とも正しい判断だ」


「……本当ですか?」


「ああ。お前は自分で考えて決断した」


リシアは少しだけ、胸を張った。


スーリが口を挟んだ。


「初めてにしちゃ上出来だよ。あたしが助けなかったのは、わざとだけどね」


「それは分かってましたよ……」


「どうだった? 初めての人材面接」


リシアは疲れた顔で答えた。


「……難しかったです」


「でも、自分で判断できただろ?」


スーリはにやりと笑った。


アレンは溜息をついた。


「スパルタだな」


「褒め言葉として受け取っとくよ」


スーリの表情が、少しだけ真剣になった。


「……さて、本命を紹介する前に、言っておくことがある」


「本命?」


「腕は確かだけど、癖が強い連中だ。三人いる」


スーリは指を一本立てた。


「まずは一人目。“鉄の頑固者”ゴルドだ」


「ゴルド……」


「鍛冶屋だけど、鉄より口が硬い。ギルドと揉めて追い出された。腕は最強。……プライドを傷つけなければ、話は聞いてくれる」


「残りの二人は?」


アレンが訊いた。


「それはゴルドとの交渉が終わってから教える」


スーリは肩をすくめた。


「一度に全部聞いても、頭がパンクするだろ? 一人ずつ、集中しな」


-----


スーリが路地の奥を指差した。


「ここから先は、気を抜いたら足元をすくわれるよ」


アレンは頷いた。


リシアは無意識に、胸元のポケットに手を入れた。


そこには、村を出る時にエルナの娘からもらった小さなお守りがある。ミミの毛を編んで作った、不格好だけど温かいお守り。


(みんなが待ってる。失敗したら、村の未来が……)


リシアは深呼吸した。


お守りを握りしめ、覚悟を決めた。


アレンは無意識にリシアの後ろへ位置取った。


路地の奥から、鉄を打つ音が聞こえてくる。


(……後は俺がやる)


三人は歩き出した。


ゴルドの工房へ。


ここからが、本当の交渉だ。


-----


路地を出た後、リシアが訊いた。


「ラザックさん、なんであんな場所で仕事してるんですか?」


スーリが答えた。


「元ギルド職員だよ。不正を見逃せなくて追い出された」


「え……?」


「今は腕のある奴を表に戻すのが、ギルドへの嫌がらせだって」


アレンが補足した。


「つまり、復讐だな」


「復讐……」


「悪人じゃない。ただ、筋を通そうとした大人だ」


リシアは黙って頷いた。


そういう大人が、この都市にはいる。


王国の歪みの中で、それでも自分の道を歩こうとする人たちが。


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