第2話

 俺の名前は、藤堂匠。今日から新人弁護士として〈ヴェリテ法律事務所〉に入所する。

俺は、弁護士になりやらなければならない事が有る。それは、おいおい話すとして、俺にとって今日はとても大切な日だ。面接の時に所長の安藤さんがとても信頼できる人だと感じ、ヴェリテ法律事務所に入所しようと決めたのだ。

まあ、俺の直観が当たっているかは、これから解るだろう。多分これからの俺の人生を左右する事になるだろう。それ程俺にとっては大事な事だ。

鏡の前に立ちジャケットを羽織る。俺はスーツを着るのが、あまり好きではない。

親父の会社から呼ばれれば仕方なく着るが……それ以外は着ようとも思わない。

ヴェリテ法律事務所に入所が決まった時に、お祝いにと新品のスーツを父親から3着プレゼントされた。

新人で目立つのも嫌だし「そんなに高価なスーツでなくてもいい」と親父に言ったが、父親は「最初が肝心だ」と最高級のブランドのスーツを作ってくれた。とはいえ……まあ、なんとかサマになっていると自分でも思う。ここは、自画自賛しておこう………

俺にとっては、そんな事より、今日から弁護士事務所で働く事の方が大切なのだ。

早く一人前になって、堂々と弁護士だと胸を張って親父に言いたい。

サイドボードの上の時計を見る。

「やっべ!」俺は慌てて、ベッドの上に置いてある鞄とスマホを手に家を出た。

なるべく早く家を出て、カフェでゆっくりコーヒーを飲み心を落ち着かせてから入所式に行きたかった。

学生の時から社会人になったら、ゆとりのある生活をする事が理想だった。

学生時代は、色んな事に追われ、一日が24時間では足りないと本当に思っていた。

だから、社会人になった時は、時間というものを有効にゆったりと味わえる時間を作ろうと決めていた。それを今日から始められる。こんな嬉しい事はない。

事務所近くの前から決めていたカフェに向かう。大きなガラス窓が印象的なカフェだ。

ガラス扉を勢いよく開け、店の中に入る。コーヒーのいい香りが俺の鼻を刺激する。

席に座る席を見つけ鞄を置き、オーダーしに注文カウンターの前に並ぶ。

列に並んでいる俺の横をコーヒーを手にした女性が通り過ぎた。

その瞬間、俺は眩暈がして、ふらつき横の棚に手を付き身体を支える。そして、次に信じられない事が起こった。頭の中で今まで観た事の無い映像が次から次へ観える。それがとても鮮明で知っている事かの様に観えその映像が懐かしく胸が締め付けられる様に痛いのだ。

つまり今まさに俺は、フラッシュバックと呼ばれる現象を体験した。

俺は何が起きたのか解らず呆然と立ち、ふらつく自分の体が倒れない様に踏ん張っている状態だ。後ろの男性が「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。

数秒で眩暈はなくなり俺はその男性に「大丈夫です」と伝えた。

とりあえず、順番が来たのでコーヒーを注文し、席に座った。

ガラス窓の席に座っている女性を見続ける。

あの映像に映っていたのが、その女性だ。しかも、どう考えても、今の彼女では無い。

女子高生の彼女で、一緒に居たのがどこかの男子高校生だ。二人は、本当に仲良さそうに、幸せそうに語り合い、笑い合い、はしゃいでいた。

その女子高生が、恋人だと思われる男子高校生に最高に美しい笑顔で笑いかけている姿を思い出し、俺はドキッとした。

その彼女は、誰もが見惚れてしまう程キラキラしていて、今の彼女とは少し雰囲気が違う気がする……

今の彼女が奇麗でないと言っているのではなく、映像の中の彼女は、透明感がある……どう表現していいのか解らないが、どこか雰囲気が違うのだ。

俺は、一体何を見せられたのだろう……

今日初めて会い、ただ通り過ぎただけの人なのに……でも、やけに気になる……

この懐かしい感じ……胸を締め付けられる感覚は何なんだ……

あの窓際に座っている女性は、俺の24年の人生の中で出会った事が有る人なのか、無い人なのか、何か思い出さないか一生懸命脳みそをふる回転させてが、何も思い出せ無い。

すると、その女性の横に彼氏らしき男性が現れた。とても、親しげに話している。

俺は、さっき観た映像は何かの勘違いで、たまたま何かの手違いで起こってしまった出来事とし、忘れる事にした。

カフェを出て今日から働くヴェリテ法律事務所に向かう。事務所は、さっきのカフェから約3分のモダンなビルの17階にある。

俺は、ビルの1階からエントランスに入り、奥に設置してあるエレベーター乗り場まで行きエレベーターが来るのを待つ。

満員のエレベーターで17階迄上がり、事務所の前でインターフォンを押す。

「おはようございます。新人の藤堂匠です」

女性の声で「おはようございます。どうぞ中へお入りください」と聞こえセキュリティーが解除される音がする。ドアを開け中に入る。

奥から、先程の声の主らしき女性が俺を迎えてくれ「どうぞこちらへ」と案内してくれる。その女性について行くとそこは大きな会議室だった。

「失礼します」俺は中に入り同期らしき人達に一礼すると、他の人達も会釈を返した。そして、俺は椅子に座った。

隣に座っていた同じ歳位の男性が話しかけてきた

「俺、佐伯真悟。よろしく」

「俺は、藤堂匠です。こちらこそ、よろしく」

「藤堂匠ってかっこいい名前ですね」

「あなたも、佐伯真悟ってかっこいいじゃないですか」

「俺達同じチームになったらいいのに……」

「そうですね」

二人で緊張を取る様に、目を合わせ頷き合う。

アッという間に時間は過ぎ、入所式が始まる時間になった様だ。

ぞろぞろと、人が会議室に入って来た。面接をしてくれた所長の安藤さんや先輩弁護士、他スタッフ。沢山の方が入って来た。。

俺は、入って来ている人達を見ていて一瞬目を見張った。

目の前にカフェで会ったあの女性が居る。それにその横には、一緒にいた彼氏らしき人の姿も……

俺は、ややこしい事にならなければいいが……と不安を感じた。

入所式が始まる。

所長の挨拶が始まり、最初は話を聞こうと全神経を集中させて頑張ったが、目の前に座っている女性の事が気になり、安藤所長の話が頭に入って来ない。

頭の中は、あの女性の事でいっぱいになっている。

所長の挨拶も終わり今度は、俺達新人の自己紹介が始まった。

何を話せばいいのだろうと考えていると、思ったよりも早くに俺の番が来てしまった。

意を決して、立ち上がりマイクを受け取り自分お名前を言う。

「藤堂匠です。24歳です。色んな事を勉強したいです」と自己紹介をしている時に、あの女性と目が合った。彼女も俺の事をじーっと見ている………なんなんだ、この感覚は………どういう事だ………俺はその後自分が何と発言したのかも解らない位に、彼女の目線に翻弄されていた。

しかし、彼女は直ぐに俺から視線を外して下を向いていた。

続いて、先輩弁護士の自己紹介が始まる。

あの彼女の番が来た。彼女は、意を決した様に立ち上がり前を向いた。その瞬間俺と目が合った。俺はその瞬間、彼女が俺を見る目をじっと見る事しか出来なかった。

彼女も、動揺しているらしく、言葉が詰まり何も話す事が出来無くなている。

どう考えても解らないが、今の俺は、彼女から目を逸らそうとすると涙が勝手に溢れ今にも零れ落ちそうな感覚になるのだ。理由が全く解らない……

俺は、彼女を見つめるしかなかった。

彼女は、結局具合が悪いという事で、同僚の森山弁護士が彼女の自己紹介を代わりにして事なきを得た感じだった。

俺自身も彼女から目を逸らそうにも逸らす事が出来ずに戸惑ってる。

そしてあろうことか、彼女ともう一人の森山弁護士が俺の教育係だと発表された。

なぜこんな事が起こるのだ……

俺は、この後直ぐに安藤代表に教育係の変更を願い出ようと決めた。

そうだ、お願いしよう。

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