第3話
私達のチームの新人弁護士担当が発表された。
藤堂匠弁護士と、丸山志穂弁護士。よりにも寄って………藤堂匠って………
「どういう事よ!」と心の中で叫ぶ。彼に対してこんな状態で私は、本当に教育できるのだろうか……不安、大きな不安がよぎる。こんな話をみどりにできる訳が無い。
「男を見て涙が出るから教育担当できない」なんて、誰が信じるの?
もうどうすればいいのよ!パニックになり過ぎて頭の中がどうなっているのかも解らない。色んな対策を考えようとするけど、良いアイディアなんて浮かぶ訳が無い。
一人でああだこうだと考えていると
「ゆずき、部屋に戻るよ。大丈夫?肩貸そうか?熱はないみたいだけど………」みどりが声をかけて来た。
「あっ……ごめん。多分大丈夫。自己紹介してもらってごめんね………」
「それはいいんだけど………ホントに大丈夫?いつも自己紹介なんて普通にこなしてるのに、今日はなんか心配事でもあったの?」心配してくれるみどり。
「俺が背負っていこうか?」譲が横からちょっかいを出してくる。
「自分で歩ける……ごめん心配かけて」みどりだけに告げる。
紗希も心配そうに私を見つめていた。私は紗希の二の腕をポンポンと叩き「大丈夫よ」と笑顔を向け、4人で部屋に戻った。
今日からの2週間、毎年恒例、総務主催の全新人が受ける研修が始まる。
その2週間の研修が終わると各チームに配属されチーム毎の研修が始まるという日程だ。
入社式が終わった今の時間は、配属チームへ行き、自分のチームと教育係。お互いに確認しておくのが目的だ。正確には、チームの雰囲気を確認するのが最優先だ。
お昼休憩を挟んで、午後から総務主催の研修を行うという流れだ。
そして、あろうことか……私とみどりの担当が、藤堂匠。譲と紗希の担当が、丸山志穂。
なんでこうなるのよ……
そうよ、藤堂匠が自分の担当だと発表があった時かなり動揺した。私の勘違いで無ければ、藤堂匠はずっと私を見ていたと思う。どうしてなのかは………そんな事は知らないけど……ああ……もう!………安藤所長に担当変更の直談判をしに行こう。瞬時に決めた。
どうも、譲も藤堂匠に違和感を覚えていた様で……「ゆずき、藤堂匠と知り合いか?」と尋ねて来た。気付かれていた事に私は、少し動揺した。もちろん彼の事は知らないので、
「初めて会う子よ」となるべく何の影響も受けていない風に受け流したが、不安で仕方が無かった。
どっかで逢った事が有ったかなぁ~と色々考えた。でも、どんだけ考えても答えは同じで「初めて会う子」なのだ……
とりあえず、この事実をそのまま受け入れるしかないと諦めた。
そして、新人弁護士2人が部屋に入る前に藤堂匠が
「すみません。ちょっと席外していいですか?すぐ戻りますんで」頭を下げお手洗いの方へ向かって行った。
藤堂匠の行動を見て私もこのタイミングで安藤所長に変更をお願いしようと
「私もちょっと席外すね」みどりに目配せで「お手洗いに言ってくる」と伝える。
みどりが解ったとOKサインを出してくれた。
みどりに頷き、くるっと振り返り廊下をダッシュで駆け抜け、安藤所長の部屋の前に着いた。私は扉の前で、息を整え扉を3回ノックした。
〝コン、コン、コン〟
「はい。どうぞ」安藤所長の声がした。
「失礼します」私が入るとそこには藤堂匠の姿もあった。
「えっ⁈あなた……どうしてここに?」私は動揺を隠せず思った事を発していた。
「ああ、神宮寺弁護士か……藤堂弁護士が、話があるというので、入って貰ったんだ」安藤所長がソファーにドスンと座る。
「それは失礼いたしました。では、私は後ほど伺います」私は、バツが悪くてその場から去ろうとした。
「いや。丁度良かった。君にも聞いてもらいたい」安藤所長に呼び止められた。
私は訳が解らず「はい?」と変な返事をしてしまった。
「藤堂弁護士から、神宮寺弁護士以外の人から教育を受けたいと。申し出が有ったんだよ。神宮寺君。君と彼は知り合いなのか?それとも、なんかあるのか?」安藤所長が不振がっているのがありありと解る。
私は、安藤所長と藤堂弁護士を交合に見て顔の前で何回も手を振り、
「いえ!今日が初対面ですし、そんな!何にもありません!」と訴える。
「そうなのか?じゃ。藤堂弁護士。なぜ、君は神宮寺弁護士以外の人を教育係につけて欲しいと願い出たのかね?」安藤所長は、藤堂弁護士に迫る。
「…………」藤堂弁護士は何も答えず黙ったままだ。
「正当な理由が無いのであれば、変更する事は出来無いよ。どうだね。藤堂君」
「…………」藤堂弁護士は、やはり何も言わない。
「……ところで、神宮寺弁護士の用事は何だったんだね……」唐突に安藤所長が聞いて来る。
「あっ…いや……私の方は…たいした事では無く……特に急ぐ事では……ないので……」焦ってもごもごしてしまった。
「そうですか。では、藤堂弁護士。特に理由が無いのであれば、そのまま君の教育係は、神宮寺弁護士で決定だ。話はこれで終わりだ。行きたまえ」安藤所長は、ソファーから立ち上がり、自分のデスクへ戻った。
藤堂弁護士は「すみませでした」と安藤所長に深々と頭を下げ部屋から出て行った。
彼に続き「私もこれで失礼いたします」と頭を下げ所長室を出て藤堂弁護士の後を追いかけた。
そして、彼に追いつき「藤堂弁護士!」私は彼を呼び止めた。
藤堂弁護士がピタッと止まりゆっくりと私の方へ向く。
すると、彼の目には涙がいっぱい溜まっていた。私は驚き思わず、彼に近づこうとしたが、彼の涙を見た私の目にも涙がいっぱい溜まっている事に気付き立ち止まった。
さっきからのこの感情は何だろう……不思議な感覚だ………懐かしさがあるのに、凄く胸が締め付けられる……
私は、目に溜まっている涙を拭い
「何かあったの?私が何か失礼な事をしてしまったかしら?…………」彼に聞いてみた。
「いえ。違います」彼はそれだけ答えた。
「そう?だったらいいんだけど………」
「…………」彼は何も言わずその場に立ち尽くすだけだった。
私は、このままではダメだと思い。
「とにかく、お手洗いに行って、顔洗ってきたら?」
「はい」彼はそれだけ言うとくるっと向きを変え早々にお手洗いへ向かった。
私は、暫くその場から動く事が出来なかった。彼の涙と自分の涙の意味を考えてみたが、想像が全くつかない………考えるのを辞め私もお手洗いに向かった。
後数分でお昼休憩になる。お昼休憩後の午後からは、新人弁護士は研修に入る。
この2週間の間に、何か策を立てなくては……と思うが、何をしたらいいのかも、何が彼と私の間で起こっているのかも解らないから何もできない。それと、なぜ彼が安藤所長に教育係を私ではない人と変えて欲しいと言ったのかも解らない……謎が残るばかりだ。
もう間もなくお昼休憩だ。あまり食欲が無いかもしれない…………
みどりはどのお店に行くと言うだろうか………
お手洗いから戻って来た藤堂弁護士に譲が、ランチに行く様に促してくれていた。
藤堂弁護士と丸山弁護士が部屋を出た後、何気なく廊下を見ると別チームの佐伯真悟弁護士と楽しそうに話している。良かった………2人を横目に丸山弁護士は、少し冷めた感じでいるけれど、彼女もまんざらではない様に感じる。まだ皆慣れてないだけだ………
私は、懐かしいな……と3人を見て思った。
私が3人を見ていると、みどりが
「どうしたのゆずきなんか問題?」と聞いてくる。
「うんうん。何でもないよ。新人の頃の事ちょっと思い出してた」
「懐かしいよね………私達にもあの頃が有ったんだもんね………」
「そうだよ……随分前だけどね………」
二人で懐かしさに浸っていた。
「ところで、ゆずき、ランチ行く?」
「そうだね~でも、今日はどこも多そうだよね……入社式とか多いだろうし、ちょっと時間ずらしていく?」みどりに提案してみた。
「そうだね~並ぶのも嫌だし、その時間勿体ないし、ずらして行こっか?」
「うん、じゃ。それまで仕事片づけるわ」私とみどりは仕事をし始めた。
どこかから戻って来た、譲が嬉しそうに
「えっ⁈二人共ランチ行かないのか?」
「今行っても混んでるから今日は、時間ずらして行くわ」みどりが答える
「そういう事か、いい考えだな………」
「別にあんたは、私達と一緒じゃなくてもいいんだよ。食べたいのが有ったらそっち行きな」興味なさそうなみどり……
「お前らと一緒に行くに決まってんだろ?」ニヤニヤする譲。
「そう?目的は何だろうね……」みどりがちらっと譲を見る。
譲はみどりの目線を気付いていない振りをし「じゃ。紗希にも言っとくな」と言って部屋に戻って行った。
私とみどりは目線を合わせ、「しらないよ?」という様に両肩を上げて首を振り、そのまま自分たちの仕事を片づけ始めた。
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