第5話 最初の村

 街道の先に、ようやく灯りが見えた。

 沈んだ太陽の残光に照らされ、木造の家々がぽつぽつと並んでいる。煙突からは白い煙が広がり、畑の間を風が通り抜けていく。


「……着きましたわね、ルーチェ」


「はい、お嬢様。ここは『マルム村』王都から最も近い宿場町です」


 最初の村か。

 ずっと歩き続けていたヒールの足は限界に来ていた。

 ドレスは修復魔法で整っているとはいえ、疲労は溜まったままだ。


(街道……灯り……文明……最高……)


 悪役令嬢としてのプライドよりも、男子高校生としての理性が勝ちそうになる。

 村の入り口に立つと、ウィンドウが勝手に開いた。


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◆新エリア発見:『マルム村』

・休息スポット

・簡易ショップ

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「ほう、便利じゃないの……」


「お嬢様、今”ほう”って……」


 一瞬、男子高校生の口調が出ていた。

 それをルーチェに聞かれてしまったという……


「き、気のせいですわよ!」


 ルーチェのクスクス笑いを気にしながら、俺達は村へ足を踏み入れた。

 マルム村は素朴な景色の中に、どこか張り詰めた空気が流れていた。

 共用井戸のそばには『外出注意:ゴブリン増加中』と書かれた張り紙が何枚も重ねられ、村人達は辺りを警戒しながら行き交っている。

 村に入ると、村人達は最初、俺達を見るなり目を丸くした。

 明らかに”良家の令嬢とそのメイド”という外見が珍しいのだろう。


「王都のお方ですか?」


 話しかけてきた村人は、俺が爵位を奪われたことを知らないみたいだ。

 というか、まだ届いていないのかもしれないが。


「ええ……訳があって旅をしていますの」


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ヨセフ・イグリス

好感度:5

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 UIが勝手に出てくる。

 こういう小さな数字上昇が、妙に嬉しい。


「お二人なら、宿屋は向こうですよ。あ、魔物が多い季節なのでお気をつけて」


「ええ、ご親切にありがとう」


(こういうのが……普通のRPGみたいで楽しいな)


 俺が実際に体験しているけれどな。

 村人に教えてもらって、宿屋へと向かっていく。

 宿屋の看板ですぐに見つかった。

 木造の小さな宿屋に入ると、宿屋の中は暖炉の薪がはぜる音と、スープの匂いが漂っていた。

 旅人達が疲れた足を休め、木のテーブルでパンをかじっている。

 どこか懐かしく、どこか心細いーーそんな世界の匂いだ。


「一泊二人で銀貨三枚になります」


「わたくし……お金、持ってないわね……」


 宿屋へ行ったのは良いが、そもそも王都を追放された際にお金を持たされていない。

 舞踏会へ行った際も、お金なんて持っていなかったからな。


「大丈夫です、お嬢様。持参してきましたので」


 ルーチェが懐から巾着袋を出す。

 中には、ぎっしりと詰まった銀貨。


「貴女、王都からここまで……ひとりで……?」


「ええ。お嬢様のお役に立てるなら、これくらい当然です」」


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◆ルーチェの行動ログ

【家計管理】スキル:発動

・旅費の概算成功

・生活費プラン作成済み

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(……今回の旅、本当にこの子がいないと詰むな)


 俺だけだったら宿屋へ泊まることすら不可能だったろうな。

 宿代を支払って、部屋へ向かう。

 部屋に入った途端、足の感覚が消えるようだった。安心できたからだろう。

 ヒールを脱いだら、足首がじんじんと痛い。


「この身体……体力無さすぎだろ……」


 思わず男子高校生の本音が漏れ、慌てて口を押さえた。


「お嬢様、お怪我の最終確認をいたします」


「ど、どうぞ……?」


 ルーチェがそっと俺の手首を包む。

 癒やしの魔力がじわりと流れ込み、疲労が軽くなっていく。


(男子高校生だった俺が……美人メイドに手を握られて……これ、何のご褒美イベントだ?)


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◆特殊イベント:同行者の献身

・ルーチェの好感度+6

・信頼度レベル:1→2

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「お嬢様、今夜はゆっくりお休みください。明日からは……本当に二人で旅をするのですから」


 そう言って微笑んだルーチェは、どこか誇らしげだった。


「昨日、追放の宣言を受けたとき、私は……何も出来ませんでした。だから今度こそ……お嬢様の側にいたいのです」


 ルーチェの言葉には嘘を言っているポップアップが出ていなかった。

 真実なんだな。


(……本当にヒロインはエミリアじゃなくて、こいつなんじゃねえの?)


 エミリアは俺を追い出して王子の隣になっていたが、彼女は俺と一緒に旅をしてくれている。

 結構違っているな。

 ヒロインじゃなくても、俺と一緒にいてくれているだけで嬉しいからな。


「あのお嬢様、身体を洗いましょうか?」


「か、身体を……?」


 突然そんな提案をされた。

 顔が紅くなってしまう。

 今までだったら平然といけたかもしれないけれど、今の俺は心は男子高校生。

 ルーチェと一緒に洗ったら、変な気持ちになるかもしれない。


「こちらの宿屋には共用の浴室があるみたいですので」


「王都に近いからあるのね」


 街道沿いにあるから、そういった設備があるんだな。

 というか、そこへ行くのか……?


「今の時間は入れるみたいです。よろしければ……」


「じゃ、じゃあ行くわよ」


(いきなりこんなイベントが……)


 ドキドキしながらその浴室へと向かう。

 湯は温かくて、疲労を多少なりとも取れる感じがした。


「良いわね……」


 ただ緊張しっぱなしだけれどな。


「お嬢様、身体を洗いますね」


「ありがとう……」


 石鹸を使って、ルーチェが身体を洗っていく。

 こんな事をしてくれるなんて。

 嬉しいけれども、顔を紅くしていた。


「強さはどうでしょうか?」


「丁度良いわ」


「光栄です」


 こういったのは、旅が進んでいったら出来なくなるからな。

 ルーチェの魔法もあるから、清潔さもある程度何とかなるし。

 貴重な体験になっていくだろう。


「じゃあわたくしも洗うわ」


「えっ、お嬢様が……?」


「ルーチェが洗ってくれたからね。わたくしからも」


 洗い終わったら、今度は俺がルーチェの身体を洗っていくことに。

 ルーチェが困惑しているけれど、こんなにしてくれたんだからこっちもしないとな。

 今の俺は女性だからな、これは良いんだ。

 優しく変なところを触らないように……


「あ、ありがとうございます……」


 洗い終わったら、ルーチェに感謝された。

 心の葛藤もあって、洗える場所は限られたんだが。


(前の俺なら、女の子と一緒に風呂なんて……全力で喜んでいたよな。なのに今は……なんでこんなに心臓がうるさいんだよ)


 俺が悪役令嬢の姿になっているからなのか……?

 悩んでいるがこの場では、答えが出てきそうにない。

 身体が十分温まるまで入っていって、それから出ていく。


「気持ちよかったわ」


「そうですね」


 今日一日で色々な事があったな。

 王都を追放され、俺が記憶を取り戻して、魔物と戦って、ルーチェと一緒に旅をする。

 これからも大変になっていくんだろうな。

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