第16話 積み重なる日々に


 クリストファーのいない日々は、まるで乾いた落ち葉が積み重なっていくようだ。知らぬ間に降り積もる。カサカサ音を立てて。


 時々、ホテルに託けがあったり、何回か手紙が届いた。国に戻ってみると、それはそれで忙しくて予定より少し帰りが遅くなる、らしい。手紙にはクリストファーの住所が無く、返信は出来なかった。

 クリストファーの使っていた部屋には今は違う誰かが泊まっている。二つの部屋を繋ぐドアの鍵はホテルに返してしまった。

 真冬の乾いた冷たい空気が呼吸の度に胸を冷やす。


 二月の中頃を過ぎると、もう帰ってこない気がしてきた。これ、この感じ。昔、母に待っていなさいと言われて、自分の番をずっと待っていた時の気持ちに似ている。期待と不安の、期待の割合がどんどん減っていく感じ。それでも、ゼロにはならずに、ずっと待ってしまうんだ。


 何かしていないと考えてしまうので、ジュードは昼の休憩もレストランでロザリーの子供達と過ごすようになった。ホテルの荷物もアパートに引き上げた。隣の部屋の物音が聞こえる度に期待してしまうのが辛いから。二月末まで日を残して、部屋の鍵も返却した。時々は連絡がないか聞きに顔を出してくださいね、ホテルマンは同情するように言った。


 ロザリーとサイラスは何も言わなかった。今までと何も変わらないように接してくれた。元気を出せとも、しっかりしろとも言わずに。ただ、ロザリーは考え込んだジュードを見つけると、背中をバシッと叩いてきた。


 淋しい。恋しい。クリストファー、君の声が聞きたい。


 それでも、何かで遅れているだけで、五月のジュードの結婚まではここにいれば迎えにきてくれるかも知れない。


 三月になると、全部夢だったかも知れないと思った。でも、プロミスリングも手袋もある。自分の気持ちが嘘ではないように、クリストファーの気持ちも嘘ではないはずだ。いや、わからない、どうなんだろう。



 それは三月の終わりのことだった。ジュードはレストランの定休日以外の日には、仕事が終わっても、夜道の心配からレストランの空き部屋でずっと過ごしていた。つまりアパートに帰るのは週一回の定休日だけだった。この晩、なぜかとても喉が渇いていた。翌日は定休日。ジュードの使っている部屋はレストランと同じ一階だったが、定休日前にはサイラスがレストランに入るドアに鍵をかける。仕方なく、2階のダイニングに水を飲みに上がることにした。

 昼間、空き時間にはダイニングやリビングや子供達の遊ぶ部屋に片付けや掃除のために入る。ダイニングは賄いを食べる時にも入るので普段は出入り自由だ。流石に、夫婦や子供たちの寝室には入ったことはないけど。夜中だけど、静かに入れば大丈夫だろう。


 階段を上り、廊下の突き当たりのダイニングへ行く途中、子供部屋の前を通ると声がした。アビゲイルとサイラスのようだった。

 夢でも見て泣き出したアビゲイルをサイラスが宥めてるのかな?と思い、そのままダイニングで水を飲んで戻ろうとした。もう一度、子供部屋の前を通った時に、ジュードの心臓が大きく鳴った。


 サイラスの声が子供を宥めている声ではなかった。ジュードも聞いたことがない、恐ろしい声だった。

 アビゲイルは嫌がって泣いているようだ。まさか、そんな……、サイラスが? あまりに衝撃的で、ジュードは思わずよろけて尻餅をついた。一瞬、静まった話し声とドアが開いて、サイラスが顔を出した。


 


 

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