第14話

たまたま一本で東京の中に入った。東京の中に入ってからいくつかの有名な駅を過ぎて、新宿に着いた。

 月岡はイヤホンを取ると、スマホで地図を確認していた。

「どうする? もう少し着いてくる?」

「じゃあもう少し、最後まで」

 最後と言いつつ、最後が何かわからなかった。

 月岡に従ってついていく、東京はひどい曇天で、町中のため息や排気ガス、狂気を雲が地表に押し留めている気がした。

 急に視界が開ける感覚があった。向かい側には赤く輝く歌舞伎町のゲート、羅生門があった。

 月岡は道路を渡ってそこに入っていく、補導とかが少し気になった。

 キラキラする壁が両サイドにあった。光り輝くが少し肌寒かった。建物の上を見ると意外と呆気ない感じがした。流石に雲の底に歌舞伎の明かりは反射していなかった。

 天使のサロン。手コキ専門店だとか、極上耳かきだとか日常で目にしない単語が照らされていた。それでも普通の人っぽい人も多く行き交うのが不思議だった。

 

「やぁ」

 不意に話しかける声があった。驚いて振り向くと、普通の小太りなおじさんがいた。

「コマtwoさんですか?」

 月岡が質問していた。

「そうそう、そういえばそっちは?」

「こっちは友達の子」

「ふーん」下から上へ、値踏みをする視線だった。「どう?」

 小太りのおじさんは太い指をピースにした。

「今日、私生理だから」

 竹本の足は少し震えていた。

「そっか」

「なんかごめんね、竹本さん」

 月岡は一歩ぴょんと竹本に寄ると、自分のウォークマンを差し出した。

「これ、でも」

「もう僕にはいらないから、今日の奢ってもらったし、前にも数百円貰ったし、僕はこう見えて義理堅いからね」

 竹本のウォークマンを受け取る指が震えたのは決して肌寒さだけではない。

「ありがとう」

「バイバイ」

 月岡は振り返り、髪が残された。

 竹本の唇が震えたのは発言のためかはわからない。

 竹本は月岡に背を向けた。二度と振り返らずに、駅へ足早に戻った。

 表層的な表情のない状態で電車に乗り、1時間数十分もすれば見慣れた地元だった。その間、ウォークマンを何度も触っていた。

 東京に比べれば何倍も空気が澄んでいた。駅前の明かりに照らされる浦島太郎像前を横切る。まだ足並みは早かった。

 幼い頃によく遊んだ公園に着いた。ベンチには雨が残っていた。不在の間にしっかり雨が降ったようで、水が溜まっていた。

 竹本は濡れることも気にする素振りを見せずベンチに腰かけた。

 公園に備えてつけの灯りを頼りにウォークマンをいじり出した。

 イヤホンを耳につける。月岡の動きをリプレイするように再生し始める。音が少し掠れたレットイットビーだった。

 空を見上げると、雨の後でどこまでも澄んでいた。どこまでも続くようだった。

 心がスゥーと空へ抜けていくような透明感だった。

 竹本の瞳から涙が溢れた。

 レットイットビーの語が繰り返されていた。

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Let It Be 澁澤 儀一 @shibusqwa

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