美容師VS理容師
森の ゆう
美容師VS理容師
駅前通りに、やたらキラキラした看板が立った。「Salon de LUNA」――ピンクゴールドのロゴ、窓には「“映える髪”保証します♡」の文字。
その向かいには、昭和から変わらぬ青・白・赤のサインポールが回る「バーバー髭マスター」。剛毛のように頑固な店主・須藤剛(すどうごう)は、朝から腕を組んでいた。
「……何だあのネオンは。目がチカチカする。あれで髪を切る気失せるだろ」
店の奥から妻が言う。「時代ですよ、あなた。うちもそろそろインスタとか――」
「インスタだぁ?うちは“刈り上げ”一本で四十年、そんな軟派なもんいらん!」
その日、美容師のミカは店のオープン準備でテンションMAXだった。
「よーし、カフェ風に観葉植物、照明はふんわり!BGMはローファイで!完璧!」
スタッフのユウが笑う。「向かいの床屋さん、なんか睨んでますよ」
「え、あのおじさん?たぶん嫉妬でしょ。時代は美容師、床屋は絶滅危惧種!」
開店初日、LUNAは予約でいっぱい。SNSで「#映えカット」がバズり、若者たちが列を作る。
一方、髭マスターでは客が新聞を読む静かな午前。「須藤さん、あっちは若い子で賑わってますねぇ」
「派手にしてりゃいいってもんじゃねぇ。髪は“魂”だ。ハサミで削るんじゃねぇ、“信念”で削るんだ」
――そう言ってから須藤は、カミソリをピカリと磨いた。
数日後、LUNAのミカが突然、理容室に入ってきた。
「こんにちはぁ〜♡こちらって、予約制じゃないですよね?」
須藤は眉を上げる。「あんた、向かいの……」
「はい♡ちょっと気になっちゃって。うちの店からおじさんのポマードの香りが流れてきて、なんか懐かしくて」
「……客でもないのに“おじさん”呼ばわりか。で、何の用だ?」
「うち、明日から“理容体験コース”っての始めるんです。ほら、昔ながらのシェービング体験って映えるかなーって」
須藤は椅子から立ち上がった。「貴様ァ、それは理容師免許がなきゃできねぇ行為だ!」
「え、マジ?じゃあ“顔そりっぽいマッサージ”でいきます♡」
「“ぽい”で済むかァァ!」
翌朝――。理容師組合の旗を掲げた須藤が、LUNAの前に立っていた。
「この通りの秩序を乱す輩を成敗する!」
ミカも負けじと出てくる。「なんですかぁその昭和なのぼり!うちの前でダサいことしないで!」
「ダサいだと!? 刈り上げは伝統美だ!」
「うちは“エモい”が正義です!」
「“エモい”って何語だ!」
「おじさんこそ、“角刈り信仰”やめたらどうです?」
「角刈りを馬鹿にするなぁぁ!」
二人の言い争いは通りの話題となり、やがて“美容師VS理容師対決イベント”が地元商店街の企画にまで発展した。
タイトルは《ハサミ頂上決戦》。勝負内容――「一般参加の客を即興でカットし、どちらが満足度を取るか」。
当日。広場には人だかり。ステージの中央に理容椅子と美容椅子が並ぶ。
司会者がマイクを握る。「それでは、スタート!」
須藤のバリカンが唸る。「ウィーン!」
ミカのドライヤーが風を吹かす。「フォオォ!」
観客が湧く。客の頭の左右でまるでプロレスのような戦い。
「そっちはバリカンでズドン!」「こっちは前髪で小顔見せぇ!」
仕上がった頭を見て観客が騒然。片方は見事なフェードカット、もう片方はふわりと揺れる韓国風マッシュ。
「投票の結果――なんと、引き分けです!」
二人は顔を見合わせた。
「……まあ、悪くない仕上がりだったな」「そっちも、思ったよりセンスあるじゃん」
少し沈黙。
「しかし、“魂”はバリカンの中にある」「美しさはドライヤーの風の中にあるの!」
「おい、まだ言うか」「言うに決まってる!」
その後、二人の店は奇妙な共存関係を築いた。
「理容と美容の垣根を越えて!」と共同キャンペーンを始め、SNSで再びバズる。
ハッシュタグは――#ハサミは世界を救う。
ある日、向かいの店からミカの声が聞こえた。
「おじさん!予約入ったよ、“夫婦カットプラン”!」
「誰が夫婦だ!」
「もう、照れちゃって〜♡」
剛は思わず笑った。
――敵対から始まる商売も、笑いがあれば案外悪くない。
街には今日も、バリカンの音とドライヤーの風が響いていた。
美容師VS理容師 森の ゆう @yamato5392
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